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14少女漂流記  作者: shiori


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第二十五章「終わらない厄災の夜」5

 それぞれにとって長い一日が終わり、ようやく家に着くと、早速凛音がカセットコンロを使い野菜たっぷりの豚汁を作った。

 季節が少し早い秋を迎え、舞原市内で育った野菜の収穫が無事に出来たことで稗田家には多くの野菜が置かれていた。


「いっぱい食べてくださいね!」と新妻のような笑顔で口にする凛音。それにご機嫌な様子で一番に喜んでいるのはもちろん食べ盛りの茜だった。

 茜は凛音と一緒にいることで癒され、左目を中心に身体が痛みながらも少しずつ気持ちを前向きに戻すことが出来た。対する凛音は先輩である茜に尽くすことが出来るだけで心が満たされていた。


 友梨は飲み物だけを愛想なく凛音から受け取り、早々に割り当てられた部屋に籠り、暗い部屋の中で乾いたブロック菓子を食べながら机に座り、資料作成のためパソコンを開いた。

 強い霊感のせいもあるが、昔からショートスリーパーだった友梨は夜はなかなか寝付けず、何もしない時間より何か作業に夢中になっていることの方が、精神安定に繋がる習性を持っていることから、今日の出来事を資料にまとめることに意識を集中させるのだった。


 羽佐奈と黒江は晩酌のつまみを求め冷蔵庫を漁り、非常時であまり収穫のないまま二階へと上がった。


「夏休みに帰省した時に持って帰って来た、とっておきのワインがあるから」

 

 そう言って赤ワインを取り出した黒江は、再会した羽佐奈と共にベランダに出た。

 小さな机にワインの瓶を置き、少し冷たい風を受けながら二人はピーナッツやすっかり解凍された枝豆をつまみに再会を祝した乾杯をした。


「少し不安はあったけど、こうしてあなたに会えてよかったわ」


「羽佐奈さんには驚かされてばかりです。その精神力の強さが時に羨ましくなるほどに」


「そう? 嬉しいわね。私は教師生活をしている稗田さんを羨ましく思うけど。それにしても、時間が分からないのがこんなに不便だとは思わなかったわ」


「確かに、睡眠時間は大事だから、限界を超えて起きてしまいそうになるのは良くないわね」


 現在時刻が不明である以上、自分が眠った睡眠時間さえ正確に測ることは出来ない。規則正しく健康的な暮らしを営むのは困難であると言えた。

 お酒の味が心底美味しく感じられるほど、危険な旅であったが無事にこうして生きている実感を羽佐奈は噛み締めた。


 黒江は羽佐奈と会話を交わせることを懐かしく思うと同時にこれだけ危険な橋を渡ることを決断し行動に移せるのは、世界で羽佐奈だけだろうと確信していた。


「つい昨日の事だけど、稗田博士に会ったわ」


 羽佐奈は一番伝えておきたかったことを伝えることにして話しを切り出した。


「元気にしてた?」

「ええ、あなたことも娘さんの事も心配していたわ」

「そう、元気ならよかったわ」

「相変わらずね。寂しくないのかしら?」

「よく分からないわね……一生会えないかもしれないって言われても、実感なんて湧かないでしょ?」


 黒江らしい少し合理的で冷たい、リアリティー溢れる回答に羽佐奈は苦笑いを浮かべた。甘い言葉は滅多に呟かない、そんな黒江の持つ愛情にも羽佐奈は気づいている。


「私は帰る気満々だけど。司にも八千羽(やちは)美留来(みるく)にも早く会いたいわ」


「羽佐奈さんは凄いわね。正直に寂しいと口にできるのに、孤独そうには見えない。周りの人の事を考えて落ち込むことなく前に進むことが出来る。本当に強いメンタリストね」


 黒江からは見ると羽佐奈は愛の奴隷ではなく、常に愛に飢えながらも目的に向かって突き進むメンタル強者だった。

 それは快楽主義者であるとも言え、家族想いの愛妻家とも言えた。


「失うことを恐れる暇があったら、新しい出会いに飛び込んでいかないと。それに、新しい命が自分の身体から産まれていくんだから、こんなに神秘的で幸福なことはないわ」


「そうですね。私も凛音がいるから頑張れる。多くの生徒が私を慕ってくれているから頑張れる。とても恵まれた幸せなことです」


「それが分かっているなら、後はこの異変を諦めずに乗り越えていくだけよ。犠牲になって失われた生に報いるためにもね」


 互いに多くのものをこれまで失い得てきた。それを人生だと受け入れているからこそ、時に悔やみ苦しんでも、人に励ます言葉を掛けられる心を持つことが出来るのだった。


 アリスプロジェクトのメンバーの中でも気の知れた者同士、酒を酌み交わす幸福を噛み締める二人。


 互いに左手薬指にシルバーリングを身に着ける、夫と子を持つ者同士、気の合う二人は状況としては現実逃避したくなるほどに地獄の真っ只中だが、お酒の力も借り、ほろ酔い気分のまま気の済むまで談笑を続けた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今後の戦いの行方も気になりますが、二人の友情も続く事を祈っています。
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