第二十五章「終わらない厄災の夜」1
メフィストを中心としたゴーストとの戦いが終わり、凛翔学園は一時の平穏を取り戻した。
戦いに参加した茜は凛翔学園付属の保健室で改めて保険医による応急手当を受けた。
茜の左目に負った傷は深く、眼帯を付け、左目を隠すようにして頭に包帯が巻き付けられたが、治療しても失明は避けられない状態だった。
戦闘中も脳震盪を起こすほどの衝撃はなかったが、軽い眩暈を伴いながらベッドから身体を起こした茜。
その視線の先には感情を失ったように黙ったまま項垂れている雨音の姿があった。
茜は雨音の心が傷ついていることは分かったが、それが具体的に何があったかは想像しても明確には浮かばなかった。
今、話しかけていいのか迷った茜だが、こうして話しかけずに無視する方が自分らしくないという結論に至ると、隣に座り話しかけた。
「雨音、大丈夫?」
「大丈夫だよ、茜に比べれば、なんてことないよ」
誰よりも勇敢に戦った茜が左目を失明するほどの重傷を負った。
雨音は精神的に軽くない傷を負ったが、身体の方は軽傷だった。
「でも、元気ないから。どうして付属の避難所にいたの? あたし、本気で心配してたんだよ」
「ごめんなさい、昨日もおばあちゃんの徘徊が酷くて……ずっと探してばかりいたの。
それで結局世話しきれないから弟と一緒におばあちゃんを避難所まで連れて来てたの。
お母さんが迎えに来たから三人は家に帰って行ったのだけど」
下を向いたまま、雨音は茜と目を合わせることなくぼそぼそと説明をした。
家族の事を話す雨音を見ていると、茜は随分苦労をしていたのだと痛感した。
「お母さん見つかったんだ……」
茜は雨音の家族とは会えなかったが、無事を知って少し安心した。
「今更って感じだけどね……変わらない様子だったから、拍子抜けしたよ」
雨音はそこから、母親が三人を連れ帰った後、ゆっくり一人で付属にいたところゴーストの出現に出くわしたのだと話した。
昨日会ったはずなのに、会って話すのが久しぶりのような感覚に茜は陥った。それだけ色んなことがあったことを思い出し、ちゃんと話そうともう一度口を開いた。
「それで……雨音がいない間、色んなことがあったよ。
千尋の事……水瀬ひなつちゃんのこと……麻里江のこと」
同じ時間を同じ場所で過ごしていないと不安になる感覚、雨音とはいつも一緒だからこそ、その感覚を茜は覚えた。
「そっか……だから麻里江が一緒じゃなかったんだ。
もう、何が起きても、誰が死んでも不思議じゃないのかな。
落ち込んでいる余裕なんてないから、受け入れないといけないのかな」
息が詰まるような苦しさを覚えながら、雨音は声を振り絞った。
麻里江が一緒にいなかったことで防御の要であるファイアウォールを展開することが出来なかった。
そのことが、いつもの三人での熟練した戦闘スタイルと違い、チグハグになっていたこと、気持ちの整理が付かなかったことなど、全部悪い方に向いていた。
すぐに保健室まで来たせいで、雨音はまだ麻里江の遺体を見ていない。
それでも、徐々に雰囲気から察し始めていたところだった。
見たからといって苦しい気持ちになるばかりで後から知ったとしても、受ける苦しみは同じと雨音は思えた。
「茜先輩っ!! あの……」
「凛音、どうしたの?」
茜と雨音、二人で話していたところに凛音が慌てた様子で保健室の扉を開きやって来た。そして、続けてこう言った。
「その……望月先輩の行列が始まるから、参加できるか確認してきてくれと言われまして。神代神社まで一緒に歩けますか?」
「分かったよ、雨音も行こう?」
茜の呼びかけに雨音は下を向きながら静かに頷いた。
ここで初めて、雨音は親友であり、クラスメイトである望月麻里江がゴーストによって殺されたことを現実のものとして認識した。




