第二十四章「舞い降りた救世主」5
一方その頃、奈月とアンナマリーとが健闘するファントムとの戦いは長引き、二対一であったが苦戦を強いられ、ジリ貧となっていた。
アンナマリーは近距離武器の槍と遠距離武器の魔銃を効果的に場面場面で判断して切り替えながら使用する戦術を得意としているが、透明化を使い、誘うように素早い動きで的を絞らせないファントムの姑息な戦術はアンナマリーにとって不利なものだった。
アンナマリーは攻撃が外れるたびにストレスを溜め、魔力を消耗していく。ファントムは華麗に攻撃を回避して外れたことを嘲笑するなど挑発を繰り返した。
そんな両者の攻防が繰り広げられる中、アンナマリーのサポートを続けていた奈月。
透明化を繰り返して翻弄を続け、アンナマリーの攻撃の手が緩んだところを狙うファントムの攻撃を何度も防いだ。
さらに、アンナマリーを守るだけではなく、扱いやすい短めの双剣を駆使して何度もファントムの動きを予測して攻撃も仕掛けた。そのことがお互い決め手を欠き、戦いを長期戦に導いていたのが真実だった。
「すばしっこい奴……気に食わないね、本当にさ」
体力を奪われ苛立ちの表情で校庭の木の上に立つファントムを見上げるアンナマリー。仮面を被り腕を組んで見下ろしてくるその姿は、アンナマリーの苛立ちをさらに増幅させるものだった。
「でも、相手の動きも大分分かって来たよ。マリーちゃんが隙を作ってくれるから、あたしも十分観察できた。勝算はあるよ」
アンナマリーの頑張りを一番そばで見ている奈月は自分も負けてられないという気持ちで戦いに参加していた。
アンナマリーが決めきれないなら、自分がトドメを刺そうと、静かに闘志を燃やし続けていた。
「なかなか隙を見せてくれない。
カステルの話していた通り、君たちの連携は見事なものだな。
しかし、もう限界だろう。
君たちの息が上がっている吐息は、何ともいい心地で耳に響いて来るよ」
疲れの色を見せないファントムは意気揚々と思い付いた言葉を言い放つ。
千尋を絶命させた強大な威力を持つファントムの脅威は二人を確実に追い詰めていた。
その頃、蓮はメフィストフェレスがファントムと二人との戦いに余計な手出しを出来ないよう、銃口を向け合い対峙し続けていた。
「こうしてこちらに牙を向け続けているが、君は本当のところは人々が絶望に苦しむ姿を見て、楽しんでいるのではないか?」
「時間稼ぎのつもりか?」
メフィストの馴れ馴れしくも蓮の内面に迫っていく言葉に蓮は聞く耳を持つ必要はないと判断できた。
だが、敵同士、会話を交わすことに意味などないはずだが、蓮はメフィストを足止めできることをまずは最善に考え、引き金を引く衝動を抑えていた。
「時間稼ぎをしているのは君の方だろう。
君の描く地獄はこの世界で経験したことに付随してより鮮度を高めている。
芸術とは想像で描くだけでは限界があることを君はよく知っているからだろう」
「黙れ、この地獄を愉快に楽しんでいるのはお前らだけだよ」
蓮は頭の中で完成へと近づきつつある絵画の事が浮かんできたが必死に振り払った。
「ふふふっ……君に興味があると言っただろう。
叶えたい願いがあるならこちら側に付けばいい。
自然を愛すると口から出まかせを言い続ける人間至上主義の愚かな民など、守るに値しないだろう。
メフィストである俺からすれば、君の愛する人を救済することなど、容易いことだよ。
無知で愚かな人々のために尽くすことなど、君がしたいことではあるまい。
さぁ……この手を取るといい」
緊張感に包まれる中、引き金を引く勇気の持てない蓮。
こうして無意味な会話を敵と続け、アンナマリーと奈月の邪魔にならないよう、メフィストを抑えつける以上の役割を果たせないでいた。
「あら、あれは守代先生じゃない」
ディラックを撤退させた羽佐奈は体育館の屋根の上から見下ろすと、メフィストと蓮が向き合って対峙しているのを見つけた。
「あちらは膠着状態になっているようです。
長期戦になり、どうも不利になっていますね」
体育館の屋根まで飛び乗り、羽佐奈の隣までやって来た相棒の友梨は言った。両者とも体育館の屋根の上だったが、足元の安定感を崩すことなく、高所に怖がることもなかった。
「じゃあ、もう少し暴れて手柄を狙ってもいいかしらね」
「相手は慎重です。それでもこちらから打って出た方がこの場はいいわね」
「そうと決まれば、サポートはよろしくっ!」
友梨が頷くのを見て、涼しげな調子のまま疲れ知らずにも飛び出していく羽佐奈。
風の力を借り、ふわりと長いスカートを揺らしながら危なげなく地上へと降りた救世主は、さっと勢いよく蓮とメフィストフェレスの間に入り込み、光の剣を繰り出した。
ディラックが撤退したことに勘付いていたメフィストフェレスは素早く回避して、距離を取るため後退していく。
「新手の魔法使いがまさか貴方とは、ディラックが苦戦するのも分かるというものです。ファントム、こちらも撤退しますよ」
新たなに牙を剥く羽佐奈の刃を搔い潜り、撤退していくメフィスト。その判断は冷静そのもので、自らの能力は簡単には見せない方針を貫き、状況を正しく認識した判断だった。
残されたファントムはこのまま逃げ帰るだけでは納得いかず、羽佐奈を狙って、その緑色のワンピースに背後から手を伸ばし襲い掛かった。
「隠れるのがお好きみたいですけど、あなたって攻撃する時は、姿を見せないといけないみたいね」
身体ごと振り返る隙はなかったが頭をファントムのいる背後に向け、不敵に微笑みかける羽佐奈。
その美しさには棘があると、言い表すように鳥の形をしたガラス細工のような物質が、刃となって飛翔し、姿を現したファントム目掛けて飛びかかった。
「残念だけど、私の刃は自由自在なのよ」
背後から襲おうとしていたファントムが危険を感じ、急いで透明化しようとするが寸前のところで間に合わず、その身体を高速で飛翔する何匹もの刃が一気に鋭利な刃物となって切り裂いた。
服を破き、皮膚を切り裂いて肉を抉る刃は、容赦なく何度も飛び回ってファントムに襲い掛かり、その身体から血飛沫を吹かせ、激痛を与えていく。
ファントムは目で追い切れないほどの高速で襲撃してくる飛翔体に顔をしかめて、それでもシールドを展開しようとするがとてもその余裕はなかった。
あまりに圧倒的な羽佐奈の使い魔による襲撃が続けられると、ファントムは限界を迎えるギリギリのところで戦う意志を止め、意識まで奪われることなく、何とか透明化を果たして逃げ去った。
地面にはおびただしい量の血の跡が残り、ガラス細工のように美しく凶暴な一面を持った鳥たちは羽佐奈の肩に乗り、キュンキュンと機械的な鳴き声を上げた。
羽佐奈の魔力で召喚した使い魔である鳥たちは、役目を果たすと羽佐奈の手で撫でられ、そのまま満足したように鳴き声を上げて消え去った。
「これで当分は大人しくしてくれるかしら……根本的な解決にはならないけど」
戦いを一時終結させ、ようやく一息ついた羽佐奈は校庭に立ち呟いた。
「この力……本当に赤津羽佐奈さんか……」
あまり表情には出さないが、信じられない気持ちで助けに入った羽佐奈を見つめる蓮。
婚約者である清水沙耶が永遠の眠りにつくことになった事件の前後から、蓮は羽佐奈と知り合いであった経緯があり、その実力を知っていた。
「助けに来たわ、歓迎してくれるかしら?」
宝石のような輝きを放つ瞳で、アイドルのように優しく微笑みかける羽佐奈。
それは、地獄のような毎日を送っていた者たちにとって希望の光そのものであった。




