第二十四章「舞い降りた救世主」4
凛翔学園を防衛する緊迫した戦いは次の局面を迎えた。
黒江達は校舎の中に残ったシャドウの掃討に専念して、雨音が動けない分、凛音が茜の治療を行っていた。
アンナマリーと奈月はコンビネーションを重視して死角を作らないようにしながら、透明化の能力を駆使してくるファントムとの戦闘が続けられた。
そんな中、常人にはありえない速度で林道を駆け抜けていく羽佐奈と友梨。その姿は走っているというより飛び跳ねているに等しく、能力者としての長い経験を活かしたものだった。
道中に残ったシャドウも片付けていきながら、二人は多くの死者が安置された体育館を目指す。
「それじゃあ、私が先行するから例の戦法でよろしくっ!」
羽佐奈が機嫌よく友梨に声を掛け、一人先行した。
誰もが危険なことだと口を揃えて言う舞原市へと侵入を果たし、内藤玉姫と偶然にも出会い案内までしてもらい、ここまでが順調な旅路となっている羽佐奈は、自身に満ち溢れていた。
樹木に囲まれる中、羽佐奈の一騎当千の活躍を信頼して、ファイアウォールの展開に意識を集中させる友梨。
この先にいる上位種のゴースト、ディラックの特徴を聞いていた羽佐奈は大きな体育館の姿を確認すると、静止することなく速度を維持したまま、屋上の方を見上げながら走った。
友梨の展開したファイアウォールのおかげで気配を遮断させる効果は大きかった。
最強の魔法使い、赤津羽佐奈が迫っているとも知らず、体育館の屋根の上で一人地上を眺めるディラック。
連日の戦いで蓄積された疲労が、アンナマリーと奈月の動きを徐々に鈍くしていくのを優雅に見つめていた。
「まだ悪あがきを続けるとは、人間という生き物は昔から変わらないか……。
いずれ、悪魔の壺が瘴気で満ちれば全ては終わる。
贖いの時が来る、そこで報いを受ければいいさ。
愚かな人間どもよ……」
シャドウの召喚によって舞原市に住む人々にはさらに絶望が広がり続けている。
そのことが、ゴーストをより生み出しやすい環境に変えている。
魔法使いの犠牲も着実に増えていき、絶望へと向かわせる切り札である悪魔の壺に注ぎ込まれる魔力も満たされつつあった。
上機嫌になるディラックの嘲笑が示す通り、もはや、彼らの目的は達成されつつあるのだった。
確実に二人を追い詰め、苦悶の表情に変えていくファントムの姿を見つめるディラック。
油断していたわけではないが、自分から狩りに出ることはなかった。
そうして状況を観察している最中、一瞬、風が舞うと、勢いよく飛翔してきた羽佐奈によるセイントブレードの刃が防ぐ間も与えずディラックを襲った。
超能力を駆使した高いジャンプ力で完全に不意打ちを付いた羽佐奈の一閃。
振りぬいた閃光の刃は反射的に回避しようとしたため、ディラックの両腕を斬り落とした。
「なんだとっ!!」
激痛が走って叫ぶわけではなく、ディラックは想定外の攻撃に驚きの表情を浮かべて、切断され離れていく両腕と目の前に迫る羽佐奈の姿を捉えた。
不意打ちとなった完全に気配を遮断した計画的な一撃は友梨の発動させたファイアウォールの支援によるものだった。
「くっ!! これでお終いよ! 覚悟しなさいっ!!」
強い覇気を露わにして、宝石のような美しさで黄金に瞳を輝かせ、鍛錬された慣れた動作で次こそは急所を貫こうと光の剣を向ける羽佐奈。
ディラックを切り裂く必殺の一撃が繰り出されるが、直撃する寸前のところでシールドが展開された。
激しくシールドとぶつかり合う羽佐奈のセイントブレード。
多くの防御策を貫いてきた攻撃だったが、ディラックの防御に集中したシールドは簡単に破れるものではなかった。
シールドに攻撃を阻まれ、防がれている間に距離を取られてしまった羽佐奈。
破壊することの出来ないままシールドが役目を終えて消えると、羽佐奈は思わず歯を食いしばったまま悔しい表情を浮かべた。
「惜しいところだったな。残念だが、これ以上長居するつもりはないよ」
捨て台詞を残し、あっという間に離れていくディラック。
両腕を落とすことは出来ても倒すことが出来なかった。
「引き際をわきまえているようね。これ以上のシャドウの召喚は防げたけど、仕留られなかったわね」
手は抜かなかったが、好戦的ではないディラックは安全な戦い方を心得ていたのだろう。仕留めきれなかった結果をそう羽佐奈は分析した。




