第二十三章「凛翔学園防衛戦」4
「これほどに無慈悲な死などない。未練のないものなどここにはいない。
であれば、こいつらはゴーストとして生まれ変わって存分に人間を襲ってくれるよ。この理不尽な死を晴らすためにね」
死者が眠る体育館の屋根の上、口を開き饒舌に独り言を続け嗤うディラック。
金髪に若い容姿をしたディラックはジャケットを羽織っているが胸元は開かれ、腕や首に掛けたアクセサリーはギラギラと輝いている。
人間離れした視力を有するディラックの不敵な視線は、林道の先にある付属の避難所の前で戦う茜たちに向けて、興味深げに注がれていた。
「雨音、加勢するよっ!」
ここまで戦ってきた覇気のある勢いそのままに茜は校舎から飛び降り、颯爽と雨音との合流を果たした。
「茜……来てくれたの? ごめん、私……」
魔力を発現させる戦闘モードに入っている茜の姿を目の前にした途端、表情を曇らせる雨音。複雑な心情を抱える雨音だったが、再会を喜ぶ茜にその心境は届かなかった。
「今は目の前の戦闘に集中して!
雨音、もう大丈夫、先生と凛音も一緒だから乗り切ろう!
あたしだって……雨音と話したい事たくさんあるけど、みんなを助けるのが一番大事な事でしょ?」
茜は雨音が表情を曇らせる訳を一人で戦っていたことが不安だったのだろうと安易に判断した。そうした判断をした茜は雨音の不安を取り除こうと言葉を掛けた。
「そうだね……うん、分かった。私も一緒に戦うよ。
戦いから逃げてる自分は嫌だから」
茜の言葉に勇気づけられ、余計な思考を停止させると、雨音は目の色を変えて目の前の戦いに意識を集中させる。茜はそれを見て安心すると近づいて来るシャドウを斬り祓い、死角から伸びてくる腕にも瞬時に反応してその腕を断ち斬っていく。
的確にシャドウの攻撃に対応して撃破しているにもかかわらず、迫る数は増えるばかりで段々と林道を抜け目の前に集まってくる。
雨音は安全を守るため体育館に迫ろうとするシャドウに光弾を放ち、茜は真っ赤な炎を纏うファイアブランドを横に振りぬいて、迫るシャドウに火の粉を放つ。
一気に猛烈な炎に包まれるシャドウだが、その足は止まることなく迫って来る。シャドウはダメージを食らわせると余計に敵意を剥き出しにして、危機感を強め動きが機敏なものへと変化していた。
一般市民が邪魔に入ることはなかったが、戦闘が長引き、次第に傷口が開いて魔力の消耗が激しくなっていくと、茜の動きは嫌でも鈍化していく。
この時になると茜のファイアブランドはその威力を落とし、簡単にシャドウを一撃で倒せなくなっていた。
激しさを増す戦闘を続ける中、限界の時が近づいているのが、隣にいる雨音にもはっきりと分かった。
「茜……昨日の傷がまだ癒えてないんでしょ? そうなんでしょ?!」
必死に戦いを続けるが、茜の魔法戦士衣装に血が滲んでいるのを見ると、たまらず雨音は悲鳴のような声を茜に掛けた。
「あたしはまだ十分戦えるよっ! 誰かが傷つくより自分が傷つく方がよっぽど痛くないよっ!!
雨音、あたしは大丈夫だから攻撃の手を止めないで! 自分も戦うって決めたんでしょ!?」
懸命に剣を振るう茜が痛々しく見える雨音。
だが、言葉の通り茜は痛みを感じてもなお、倒れることなく屈しようとはしなかった。
(もうダメだ……茜は限界が近づいてる、私がなんとかしないと)
必死に歯を食いしばって、光弾を放つがいくら魔力を行使し続け、意識を集中させても二人では迫りくるシャドウに対処できない。
雨音は満身創痍の状況が続く中、戦い続ける茜をなんとかしたいと思った。
しかし、戦いを止める方法もなく、自分も戦うと決めた以上、治癒の魔法であるヒーリングで傷を癒す余裕も暇もない。
今まで何度も茜が痛々しいと思うほどに傷つく姿を見て、もう見たくないと雨音は思ってきた。
だから、どうしても見えてしまうその傷を自分の手ですぐさま癒して治してあげたかったのだ。
しかし、そうは思っても、杖に込めた魔力を目の前のシャドウを対処する以外には向けられない。
これまで、自分が茜を守るため、戦わなければならない意思を持って、前に立って戦おうとすると途端に足が震えて前に進めなくなった。
(これまでも、私は茜みたいに自分を犠牲にしてまで戦いたいとは思わなかった。
だけど、誰かが傷つくのは見たくなかった。
怖い……怖いよ……私はどうすればいいの?)
ようやくゴーストと対峙できたのに、雨音は戦いの中で恐怖を感じ、決意が鈍っていく。既に戦う前ほどの余裕がなくなっていた。
雨音の中で迷いがちらつく刹那、茜にシャドウの腕が迫った。
今までの動きが持続出来ていたら対応できる一撃。
だが、雨音には分かった。茜の動きがよく見えていた雨音には、その腕を避けられないことが。
「ああああぁぁ!!」
茜の回避が追い付かず、運悪く左目の目元を掠めるシャドウの黒い腕。
スローモーションに映ったその瞬間、茜の左目から血が噴き出し、絶叫と共に辺りに飛び散っていく。
決して油断していたわけではないが限界に近づいていた茜は避けようと気付いた時には避けられなかった。
(麻里江がいないから……麻里江がいないから傷が深く抉ってるんだ。
麻里江のファイアウォールがない私たちじゃ、防御が万全じゃない。
もっと早く気付くべきだった。
このままじゃ……茜を守れない……)
無残にも強い衝撃を受け、眼球内出血を引き起こした左目から血が流れ出し、さらに伸びていくシャドウの腕に足や腕を掴まれ身体を持ち上げられる茜。
抵抗するが、強く締め付けて来る攻撃に苦しみの声を上げるばかりだった。
「汚い腕で掴まないでっ! 茜を離しなさいっ!! ライトニングハーケンっ!!」
茜を守るため、決死の想いで杖に魔力を込めて振り払うと、リング状の光のナイフが出現し、茜を拘束するシャドウの腕を斬り払いその腕を切断させた。
助けたい一心で放った決死の一撃。
拘束を解かれ、その場に倒れる茜の姿を目の前にしてやっと雨音は冷静に変わった。
血の匂いと共に感じる死の予感。
雨音は必死に恐怖を押し殺し、服の中に手を入れた。
ネックレスチェーンの先にある確かな宝石の感触。
自分には相応しくないとずっと思っていた、宝石の力。
今、雨音はその力にすがろうとしていた。
「私は守りたい……こんなのが現実だなんて嫌なのっ!!
お願いっ!! 応えてっ!! 宝石よ……私に力をくださいっ!!」
茜が傷つき、力を使い果たして倒れてしまった中、必死の想いで祈る雨音。
ギュッと両手で強く宝石を握り、救いを求めて願う。
ただ……これ以上大切な人を失いたくないと、懸命に雨音は祈った。
しかし……願いとは裏腹に宝石が輝きを放つことはなかった。
「どうして……宝石の力が使えないの…。
お願いだから!! 私の願いに答えて!!私にも守らせてよ!!」
押し殺していた感情を解き放ち、必死に声を上げて叫ぶが、何の変化も訪れず、ただ虚しいだけの時が流れる。
立ち上がる力を失くした茜が這うような体勢のまま何かを雨音に訴えかけるが、雨音は自分が魔法使いとして覚醒を果たしているにも関わらず、マギカドライブを使えない落胆のあまり、茜の声が届くことはなかった。
「どうして……私。可憐にも使えたのに。
もう駄目なんだ、私……。
本当は戦う資格なんてない、ここまでの魔法戦士なんだ」
ショックで耳が遠くなり、精魂尽き果てると力なく項垂れ、その場で座り込んで意識が遠のいていく。
そうして周りを警戒する力も薄れていき、シャドウの攻撃が迫っても、必死に茜が声を掛け続けても雨音には届かない。
―――そして、死が目前に迫った次の瞬間、唐突に風が吹き抜けた。




