第二十三章「凛翔学園防衛戦」3
頭上を見上げ、流れていく黒い煙の向かう先を追い掛ける。
林道は陽が落ちていくにつれて暗くなってきて視界が悪い。
「きゃあぁぁ!! 離してっ! 離してください!!」
茜と掴んでいたはずの凛音の手が離され、凛音の悲鳴が響き渡る。
茜が振り返り凛音の方を見ると真っ黒な腕が暗闇から伸び凛音の腰を掴み、その穢れを知らない無垢な身体を林の奥の方に向かって引きずっていた。
伸縮自在なのか五本の指を持つ腕は信じられないほど細長く、凛音の腰をがっちりと掴んで凛音の必死の抵抗も通じないようだった。
「きたねぇ腕で凛音に触れるなっ!!」
素早い動きでゴーストの腕をぶった切る茜。本体の身体は暗い林道に隠れていて視界にはまだ捕捉できなかった。
「ありがとうございます。茜先輩……」
随分強く締め付けられていたのか、苦しそうに息を荒くする凛音。
だが、足を引っ張らないように再び真っすぐ立ち上がった。
「もう大丈夫です、先を急ぎましょう。
それと、アンナマリーさんの口が悪いのが移ってませんか?
ちょっと今のは口が悪かったですよ」
感謝してすぐに不満そうな表情に変わる凛音。ころころと変わる凛音の表情を見た茜はあまりに可愛く見えて非常識にも心を乱しそうだった。
「気を付けるよ……。でも、林道の中にもゴーストが入り込んでいるみたい。
急に襲われないように慎重に先に進まないと、先生も気を付けてください」
早く避難所まで向かい、ゴーストを迎え撃つ体制を整えなければならないが、目の前に立ち塞がる林道は車も通れない細い道。見通しも悪くどこから襲い掛かられても不思議ではなかった。
「そうね、凛音は私の側にいなさい。茜は周囲を警戒しつつ、ゴーストを発見次第、即時迎撃して」
黒江の素早い指示を受けた茜は「了解」と一言返事を返して周囲の安全を確保しようと散開した。
凛翔学園付属に向けて林道を黒江と凛音が引っ付いて歩く中、茜は高速で飛び回る鳥のように木々の間に隠れるゴーストを次々と切り刻んで安全を確保していく。
出現したゴーストは茜にとっては新種であり、初めて戦う敵だったが、蓮達が桜沢小学校の救援のために出掛けた際に戦っていたシャドウタイプと同様のものだった。
全身を黒一色にしている個体は上位種のゴースト、ディラックによって実体化した顔もない怨念そのものであり、ディラックに操り人形として使役されているため、個体ごとの意思は持っていない。
しかし、時折苦しげに呻き声を張り上げていることから、無理矢理に意思を捻じ曲げられて人を襲おうとしているようにも見える。
足は遅いがその場から頭や腕を伸ばす遠距離攻撃は厄介で一度掴まれると引き離すのは困難。
本体まで引き寄せられるとどうなるのか、想像したくもなかった。
人の形をしたシルエットは同じだが個体によって大きさは様々で、それは霊魂を持つ元の身体に影響されているようであった。
(先にディラックを倒してゴーストの配給元を断ちたいところだけど……その間にも避難所が襲われてしまう。今はこれが最善)
選択を見誤らないように思考を働かせながら林道を進む黒江。
体育館で眠る死者の数からして、ディラックにより出現するゴーストの数には限界があると踏んでいた。
戦力的に見ても別れて行動するほどの余力はない。
出来る限り犠牲者を出さないためには、ここはディラックを無視して耐える他なかった。
林道を抜ける頃には、黒い煙はその勢いを失くし消えかけていた。
しかし、ここまでに地上に落ちて発生したゴーストはとてもすぐには対処しきれないほどだ。霊魂を包み込む黒い塊がぼとりと地上に落下するたびシャドウが産まれている。
林道に出るまでに茜が切り伏せた数は早くも十を超えていた。
「なんとか辿り着いたけど、ここからは引率者ではいられないわね」
動きは鈍くゆっくりであるが、凛翔学園付属へと押し寄せるシャドウの群れからは耳障りなほどの呻き声と悲鳴が響き渡っている。確実に迫り来るその姿はまさに地獄絵図だ。
黒江は上着の内ポケットから拳銃を取り出した。
自分達の身にも危険が及ぶ以上、黒江もまた魔銃の力に頼らざるおえないところまでやって来ていた。
茜はシャドウが既に付属の校舎に入り込んでいる光景を見て飛び出していった。
獲物を狙う獣のように人の姿を見つけると途端に素早い動きに変わり襲い掛かるシャドウ。茜は人の姿を追い掛け夢中になるシャドウの背後から斬りかかり、一撃で四散させていく。
シャドウはゴースト同様、魔力を込めて攻撃されるとそのまま影も形もなくなり、蒸発して魂ごと天に昇って消えていく。
立ち止まることなく見つけ次第、シャドウを的確な動きで祓っていく茜。
シャドウに襲われる寸前で救われた人々は身体を震わせ、恐ろしい光景に気持ちの整理の付かないまま、涙ながらに助けに入った茜に感謝した。
ゴーストもそれを退治する超能力も初めて目にする人々。
命の危険が脅かされていなければ、奇異な目で見られてしまったかもしれないが、今の状況において茜は命の恩人として認識された。
「出来るだけ騒がずに、隠れていてください。化け物退治はあたしがしますので」
茜の事を知る人からはより一層積極的に心配されているが、説明している時間はなかった。
息をつく暇もないまま、教室を出て次のシャドウを探す。
そんな中、茜は校舎の窓から避難所となっている付属の体育館のそばで戦闘する雨音の姿を見つけた。
「……あそこで戦っているのは、雨音?」
余裕のない必死の表情で杖を手に光弾を飛ばしてシャドウに対抗する雨音。
多くの人が避難する体育館になんとか近づかないよう、身の挺して戦っているようだった。
「雨音がいてくれるなら、これ以上に心強いことはない。今すぐ合流しよう」
体育館に迫るシャドウの数も多く見過ごせない。
雨音が苦戦しているなら、ここで駆けつけるのが仲間だと考えた茜は校舎の窓から飛び出し、颯爽と雨音の下に舞い降りた。




