第二十二章「混沌を望む者」6
茜と黒江が束の間の平穏な時間を過ごしていると、桜沢小学校から帰ってきた蓮が顔を出した。
これから今後の事について学園長と話し合うという蓮の言葉を聞き、茜との時間を惜しみながら黒江は蓮と共に学園長室へと向かうことにした。
現在の状況はあらゆる面で切迫している。冷静でいられる者の方が少ない。
街中にまで姿を現したゴーストやすべての元凶である可能性の高い悪魔に対して、対抗できる力を持つ自分達が何か手を考えなければならない事態だった。
学園長室へ向かう途中で立ち止まり、簡単に今日ここまでにあったことを報告しあう黒江と蓮。そこにはこれまで慌ただしく過ごし胸の内に秘めていた疑問を解消するための前置きであった。
二人はここまでの動きを話し合う中、浮気静枝の話題になった。
「もしかしたら、裏切った浮気静枝の寝床が奴らの本拠地かもしれません」
黒江は蓮が相手であれば打ち明けても大丈夫だと思い話題に挙げた。
四月から部活動を共にしてきた静枝。その正体がゴーストで、今になって裏切るに至ったことは早々に整理をしなければならない事案であった。
「というと?」
蓮は黒江のように社会調査研究部にコミットしていないことも含め、浮気静枝についてほとんど何も知らない。
ゴーストとして長い間息を潜めて裏切るタイミングを計っていたということことを考えると決して無視することができないだけに、黒江の話しに興味を示した。
「麻里江は浮気静枝の住んでいる家を知っていて、次女の千尋の魂を取り返すためにそこに向かったかもしれない。もし魂を千尋に戻しても、息を吹き返す可能性はないに等しいですが」
「それはそうだが……しかし、巫女のお嬢さんは今も帰って来ておらず、行方知れずというわけですか」
「そうね、今すぐにでも向かいたいくらいよ。昨日の戦闘でこれほど劣勢に陥っていなければ」
「確かに、昨日と同じメンバーで戦ったとて勝ち目は低い、先生の判断は間違ってはいませんよ」
黒江の中で決意を秘めた麻里江の表情が蘇る。今も千尋は神代神社の自宅で眠っているのだ。麻里江の心情を考えれば居ても立っても居られないだろう。しかし、現実はそう甘くない。
静枝が裏切り新たな上位種のゴーストとして立ち塞がり、恐らく悪魔の類であるファントムまで出現した。
黒江達は水瀬ひなつが帰らぬ人となり、千尋を失い、茜も負傷した。茜に関しては前回トランス状態にまで陥っている。今後も戦闘が苛烈を極めれば同じように危険な状態にならないとも限らない。黒江の管轄にある魔法使いでは敵の本拠地に攻め入るには無理があり、対策を検討するなら、蓮に頼るのが第一条件となる状況であった。
「でも……浮気静枝は上位種のゴーストの中でも特別理性的な振る舞いをしているように見えました。奴らの命令に従って行動しているわけではない。目的次第によってはこちら側に付き人間を脅かさない道だってあるかもしれない」
「浮気静枝自身が目的を彼らと同じくしているか、それともただ有利な側に付いているのか、それはまだ分からないか……。
まぁ、可能性の話しをしても仕方ないのではないですか? その千尋の魂を取り戻すにしてもそうです。
奴らの目的を含め、俺たちはまだ知らないことの方が多いのですから。
そもそも先生は浮気静枝を疑ってはいなかったのですか?」
「全く気にしていなかったというわけではないです。
最初に出会った時から彼女には違和感があった、彼女は今まで出会って来た少女達と違い、”ゴーストを恐れていない様子でしたから”
それは当時、霊を見ることに慣れているから、または死を恐れていないからという推測をしていました。
そのため、推測が正しいかを突き止めるために月城先生にも協力を仰ぎ身辺調査もして、彼女の暮らしている家にも一人で出向きました……。
しかし、そこで答えは出ずともリリス討伐の際には協力して戦ってくれました。その出来事があって以来……私は彼女を疑ったことはありませんでした。
私の判断が迂闊であったことは今になってようやく自覚しているところです」
黒江はこれまで誰にも説明していなかったことを蓮に話しながら、自分が浮気静枝を最初ははっきりと疑っていたという事実に向き合った。
「そうですか……先生は先生なりに出来ることをして、これまでにも彼女を探っていたという事ですか。
この異変が始まって混乱状態の中で行動に移るのは彼女の視点から見ると実に合理的で効果的であると思いましたが、それならば、リリスを失うことはそれほど奴らにとって大きな損失ではなかったという見方になるのかもしれないのか……」
「リリスは他の街からやって来たゴーストです。目的を同じく行動しているゴーストではなかったのでしょう」
「確かに、そう考えると違和感はありませんか」
話し合いながらここまでの状況が分かってきた二人。
今後の作戦を検討するための現状認識が徐々に進んできたところであった。




