第二十二章「混沌を望む者」5
「先生……どうすればこの状況を打開して、みんなを救うことが出来るんでしょうか?」
茜の表情は思い悩んでいるのが分かる様子で、酷く落ち込んでいるようだった。
犠牲者は増えるばかりで安息には程遠い毎日が続いている、無理はなかった。
「そうね、私達が本当にそこまでしなければならないのか答えは出ないけれど、あの悪魔達を撃退するのが一つの条件にはなるのでしょうね」
「そうですよね……いつまた内藤医院みたいに奴らが襲ってくるか分からないんだから……静枝も向こうにいて、圧倒的にこっちが不利だって分かってます。それでも、逃げてはいけないって思います。逃げたく……ないです」
勇気を振り絞り、決意を込めて言葉を紡ぐ茜。
気高き少女はどんな絶望的な状況でも、前を向こうとしている。
黒江には眩しい茜の心が少しでも不安に揺れて曇ってしまうと、自分も伝染して不安になってしまうのが分かった。
「あたしにとって先生が一番の頼りなんです。だからいなくならないで傍にいてください」
瞳が切なげに揺れる。茜は身体を震わせ、本当に救いを求めて、不安に苦しんでいるのだった。
「私にとっては茜が一番の希望よ。いつだって気高く元気に前を向いている茜がいるから私は希望を失わずにいられるの」
本心からの言葉を茜に送る黒江。茜は黒江の言葉が感情に響き感極まってしまうと身体の方が自然に動いた。
一緒に同じ布団で夜の時間を過ごした日のように、互いに心を通じ合わせると、茜は黒江の胸に飛び込んだ。これまで凛音にしてきたように優しく茜の身体を包み込み、抱き寄せる黒江。
可憐に両親、千尋までも失ったことで茜の心は途方もないほどに擦れ切れていた。今もゴーストの被害に遭う市民がいる。悲しみが絶えない世界に閉じ込められているのだ。
黒江は茜の柔らかい背中を優しく撫でた。触れてしまうと気付く華奢な少女の身体。それは、この少女のどこからあれほどの力が溢れて来るのか不思議に思うほどである。
温もりを互いに感じ合い心の内側まで満たされると、密着しあった身体を離して茜は顔を上げて、思い切ったように口を開いた。
「ありがとうございます。あたしはこれからも魔法戦士として、先生の期待に応えていきたいです。
ねぇ、先生、約束しませんか?
願い事を思いつきました。
この地獄のような日々を生き抜いて、一緒に朝日を見たいです。
とても綺麗で心が洗われて……今日までに起きた辛かったことが報われるような、眩しいくらいの朝日をです。
そのために世界を救うんです、取り戻すんです。私たちの当たり前で大切なかけがえのない日常を。この時計の止まってしまった世界の中で。
先生が凛音と一緒に旦那さんのところに帰ることが出来るように、その日まであたしはあたしらしく戦い抜きます。
だから、先生、これからも傍にいてくださいね」
今まで見せなかった弱音から出た願いを力に変えようとする茜。感情のいっぱい詰まった言葉を黒江は受け取ると、「もちろん」と一言添えて頷いた。
「茜も力強く生きるのよ、一緒に朝日を見られるように」
大切に想う相手がいる、その大切さが改めて身に染みた黒江はまた一つ勇気を得たのだった。




