第二十一章「クロージングファンタジア」5
蓮はアンナマリーと奈月を連れて、手塚金義巡査の運転するパトカーで桜沢小学校へと向かった。
一方、黒江は神代神社からやってきた麻里江と合流して、姉妹神楽を見守ることになった。
千尋がいなくなり、一人きりで姉妹神楽を舞うことになった麻里江のために、黒江は舞を行う間、助力となるため魔力を送り続けた。
昨日と変わらない集中力で優雅な舞を披露する麻里江。
サボりがちな千尋相手に諦めることなく丁寧に教えていただけあり、その一つ一つの動きに一切の乱れはなかった。
辛いことがあっても、それでも逃げることのないその毅然とした姿は、二人の妹を持つ、強い長女の姿そのものだった。
やがて、黒いカーテンに覆われた薄暗い体育館に光が灯っていく。
蛍のように眩しく光を放ち、無数の魂が天へと昇っていく。
その中には、今朝になってやってきた保険医の月城先生と共に、黒江が体育館まで運び出した、水瀬ひなつの魂も含まれていた。
時間と共に腐っていく肉体というものの醜さと尊さと虚しさ。
必ず訪れる死という避けられない現象であるが、ここに安置されているのはゴーストの呪いによって引き起こされた耐えがたい死による別離。
天に昇っていく魂達をただ静かに見上げる黒江は少しでも水瀬ひなつのことを考えてしまうと自分を保てなくなりそうな中をグッと堪えた。
ゆっくりと悲しむ時間も許されない現実は、確実に生き残った者たちの心をすさんだものに変えつつあった。
時計が止まってしまった以上、正確な時間経過は測りようがないが、疲れがピークに達し始めた頃、姉妹神楽はようやく終わった。
空気が澱み、鼻をつく想像の難しい死臭が漂う体育館から外に出て、ようやく解放される。外の空気を吸うだけで、耐えがたい息苦しさから解き放たれたようだった。
二人で中庭まで歩き、疲れ果ててベンチに座る。
飲み物を口に含み、何とか二人協力してやり遂げた安堵を共感した。
体感で十分ほど経過して、ようやく呼吸も落ち着いて汗も引いてきた頃、麻里江は黒江の方を真っすぐに向いて、ずっと考えていたことを質問にして聞いた。
「先生……魂を取り戻せば、今からでも千尋が蘇る可能性はゼロではないですよね……?」
麻里江の表情は黒江が直視するのを拒みたくなるほど真剣なものだった。
黒江はどれほど麻里江にとって、千尋の喪失が受け入れがたいほどに大きいものであるかを、嫌でも思い知った。
「前例はないわね。心肺停止している状態が長く続いていけばいくほど、身体の腐敗は進んでいくわ。それは確実に命を終わりを意味するはずよ」
巫女装束に身を包み、長い黒髪を結んだ白と黒のコントラストが美しい、礼儀正しく模範的な麻里江へ、容赦なく黒江は告げた。
死を受けいれることが難しいことであることは百も承知の事。それでも黒江は少女達を看取って来た辛く苦しい経験を無駄にしないために、ちゃんと正確に麻里江に言わなければならないと思っていた。
「まだ、死んだと決まったわけじゃない。魔力を注げば一時的に腐敗は抑えられる。諦めるにはまだ早いです」
麻里江は諦めきれず、魂の抜かれた千尋の身体に魔力注ぎ、腐敗を抑えていた。懸命な思いで眠れない夜の時間を過ごした麻里江。
千尋を救いたい一心で今、麻里江は行動を起こそうとしていた。
「先生は浮気静枝がどこに住んでいるかを知っていますね?」
同じ部活動をしてきた静枝が自分達を裏切ったこと、それは静枝が本当はゴーストであったこと以上に衝撃的な事だった。
そのことがあり、気になることがあっても静枝について皆が口を噤み話題に挙げることはなかった。
「どうしてそう思うのかしら?」
黒江は静枝の住む大きな館を訪れた過去がある。そこに今静枝がいるかは不明であるが、当然、静枝の暮らしている場所を知っている。
しかし、麻里江に今この時点で居場所を告げる決断をするのは、麻里江を失うことに繋がる懸念があることに気付かない黒江ではなかった。
必死にこの場をやり過ごす方法を考えながら答える黒江。だが、麻里江の意思は黒江の想いに反して、既に固いものであった。
「いえ、どうして聞かないのかなって思って……。
私は知っています。この街に暮らして長いですから。
どの建物に誰が住んでいるかは大体把握しています。
先生は知りたいですか?」
神代神社の巫女として生まれてからずっとこの舞原市の中で暮らしてきた。
それは、四月になって引っ越してきたばかりの黒江とは大きな差であった。
「茜が今の状態でしょ……まだ安静にする必要があるわ。
もし、静枝の居場所が移っていないにしても、襲撃するのは難しいわ。
反撃に出るなら、守代先生の手を借りないと」
肝心の守代先生、蓮は桜沢小学校に向かっている。
麻里江には頭を冷やしてほしいと、黒江は考えた。
「そうですか……先生の気持ちはよく分かりました」
「麻里江、一人で行ってはダメよ」
しかし、黒江の言葉が届かなかったのか、麻里江はベンチから立ち上がり、黒江の制止も聞かず行ってしまった。




