表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14少女漂流記  作者: shiori


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

164/266

第二十章「霧の街へと」10

 東京から車で走ること一時間弱、事前に調査を尽くした友梨のルート通りに向かい、山沿いの道に車を停車させた。


「ここからは歩いていきます。検問に引っ掛かるとここまでの道のりが台無しになってしまいますから」


「そう……仕方ないわね。森の中を歩くのは気が重いけど」


 車を降りて、三人は鳥のさえずりを聞きながら山道を歩いていく。落ち葉を踏みしめながら慎重に転ばないよう足元に気を付ける。

 歩けば歩くほど膝への負担が増していくが、不満は言っていられない。案内のために先導してスニーカーで歩く友梨に二人は離されないよう手を繋ぎながら付いて歩いた。


 鬱蒼(うっそう)と生い茂る森林地帯に入って遠回りしながら一時間近く歩いていくと、今は使われていない蔓の覆いかぶさった古びたトンネルが姿を(あらわ)した。

 ご丁寧に入口にはいつ立てられたか分からない立ち入り禁止の看板が設置され、この先が危険であることを警告してくれている。


 だが、それを気にする様子はなく、真っ暗で中の様子がまるで見えないトンネルの前まで羽佐奈と友梨は歩いた。


「トンネルに入って真っすぐ歩いていけば、この日上山(ひかみやま)から神代神社の近くまで辿り着けるはずです」


 トンネルの入り口の前に立ち止まり友梨は静かに告げた。舞原市へと向かうために友梨が考え抜いたルート、それがこのトンネルを抜ける道だった。


「この先、トンネルに入ってからは私がファイアウォールを展開して迷わないように進みます。敵が仕掛けているファイアウォールが一度進めば帰って来れないという特性を持っていると想定できる以上、空間がねじれていると考えるべきでしょう。恐らくこれに巻き込まれないためには二人で行くのが限度です」


 何の対策もなくそのまま霧の中に入っていけば結界の力によって永遠の迷路の中に連れて行かれてしまう。友梨は敵の仕掛けたトラップをそう考えていたのだった。


「覚悟は出来ているわ、行きましょう、友梨。そういう事だから、ここでお別れよ、司」


 心の内側から湧き出てくる寂しさに必死に堪え、羽佐奈は口にした。

 司はたまらず羽佐奈に駆け寄り、耐えられるはずのない別れを惜しむようにキスをした。


「本当に行くの? 帰って来れる保障がないのに……」


 愛おしい感触を深く確かめるように長いキスをして、重ねた唇を放すと途端に胸が締め付けられるような辛さに襲われる。


 二人は結婚してからずっと同じ屋根の下を暮らしてきた。それがこうしていつ帰って来れるか分からない別れを迎えることは初めての経験だった。


 身体を離すだけで生じる喪失感、司は泣きごとのように行かないでほしい気持ちを込めて、羽佐奈にもう一度意志を確認した。


「それでも行くわ。本当は怖いから司には傍にいて欲しいけど、危険な目に遭わせるわけにはいかないから。

 お願い、八千羽(やちは)美留来(みるく)のこと、頼むわね。まだ小さい二人に直接教えてあげたいことはありすぎるけど、司がいれば大丈夫だと信じてるから」


 羽佐奈にとって一番の心残りは二人の娘。健やかに育ってほしいと願う愛娘。まだ小さい二人に母のいない寂しさを味わわせたくはない。だから一日でも早く帰り寄り添ってあげたい。しかし、それが叶わない以上、後を司に託す他なかった。


「うん、八千羽(やちは)美留来(みるく)と帰りを待ってるから。いつまでも……強いお母さんだからすぐに帰って来るって伝えて、信じて待ってるから」


 耐えられない別れに司は鼻をずるずるとさせ、目からは止まらない涙が零れ落ちていた。

 付き合い始める前から高嶺の花だった羽佐奈。

 多くの人が憧れ、尊敬し、頼ってくる、その輝きに溢れた姿をいつも隣に感じてきた。

 恋焦がれ、愛し合い、子を育んできた。

 一日でも離れたくないという思いで司は羽佐奈と過ごしてきたのだった。


「バカね……いつまでも泣いていないで、もうお父さんなんだから、しっかりしてないといけないのよ」


 年下で時折まだ感傷的になって頼りなくなる司の寂しさを溶かしてあげようと、羽佐奈は優しく首筋にキスの雨を降らす。その刺激的な愛情表現を受けて、司はグッと悲しみを堪えようと歯を食いしばった。


「愛しているよ」

「もちろん、私も愛しているわ」


 愛を言葉にして発すると、零れ落ちる滴を羽佐奈の指が拭い、そこで二人の身体はそっと離れた。

 これ以上の触れ合いは、余計に互いを切なくさせて、別れが辛くなっていく事になると悟った。


 この歳まで独り身であることもあり、二人が愛し合う姿を直視することの出来ない友梨は遠くを向いて、別れの時間を静かに待っていたが、羽佐奈が別れを済ませ、隣に来ると差し出された手を握った。


「行きましょう」


 言葉通り、友梨が見た羽佐奈の表情は既に覚悟の出来たものだった。


 ここから先は本当に地獄への道かもしれない、死を恐れる心はもう随分前にどこかに置いてきてしまったが……そんなことを友梨は思った。


(さよなら、司。心から愛しているわ)


 羽佐奈はトンネルに入る前に、一度だけ振り返って司の姿を目に焼き付けると、声に出さずに愛を伝えた。


 暗く先の見えない長く放置されたトンネル。友梨は得意のファイアウォールを展開させ、羽佐奈を守りながら共に長いトンネルを歩いた。


 長年コンビを組んできた信頼し合う二人。先は見えないが既に迷いはなく、引き返す選択肢は二人にはなかった。


 静かに足音を立てながら、ゴースト相手には負け知らずの二人が、救世主へとなるために舞原市へと向かって歩いていく。


 まだ、舞原市の中で起きている異変の数々を知らない二人。


 清水沙耶の婚約者であり、眠りから覚ます鍵となる守代蓮。

 そして、稗田博士の妻である魔女の力を持った稗田黒江とその娘、稗田凛音の無事を確かめるため長いトンネルを抜けていく。


 舞原市で発生した未曽有の厄災は、この二人が駆けつけることによって、まだ見ぬ結末へと向かって運命を加速させていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ