第二十章「霧の街へと」4
国道を走り、群馬県に入って人口が多く観光地としても栄えている高崎市や前橋市を抜けてさらに北に上り人里から離れていく。
そうして自然豊かな道のりに車を走らせると、広大な土地に立派な建物が立ち並ぶ、目的地である研究施設に辿り着いた。
まだ暑さが厳しい季節の中、制服姿をしている警備員の検問を受けると、そのまま通されて奥へと進んでいく。羽佐奈は警備員にも意味もなく意味深にウインクをしていた。
運転手をする真面目な性格の司は羽佐奈の案内を受けて広い敷地内を慎重に走っていく。
「うん、あのドーム型の建物がそうだよ」
「分かった、それじゃあそこの駐車場に停めるよ」
指をさして教えてくれる羽佐奈の指示に従い駐車場に向けてハンドルを切る司。
羽佐奈と友梨がここを訪れたことが何度もあるのに対して、初めてやって来た司は緊張しながら駐車場に車を停めた。広い土地を活用して、余裕を持って使っているのか立体駐車場はなく異様なまでに広々としている。
コインパーキングはなく駐車場代を払う必要のない駐車場はほとんどが空車になっており、高級車の姿が目立った。
「さぁ、いくよ。何とか時間には間に合いそうだね」
長距離の旅にも疲れた様子なく先に車から降りる羽佐奈。その手にはベージュ色のハーフフォーマルバッグと外側が白で内側が黒色をした日傘が握られている。
友梨は露出の少ない長袖シャツにパンツルック姿で後部座席から降り、グレーのビジネスバッグにノートパソコンや自作の資料を入れてやってきた。
羽佐奈が先導して立派なドーム型の建物に向かって慣れた様子で歩いていく。博物館か美術館のような、一見研究施設にはなかなか見えない印象的なデザイン性を持った建物は外観のほとんどがガラス張りで、誰が見ても近年になって建てられた新しい建造物であることが分かるものだった。
「司、こういうところを歩く時はキョロキョロ周りを見ないの」
「ご、ごめん……」
雰囲気に圧倒され落ち着きのない司に堂々した様子の羽佐奈が声を掛ける。
何時いかなる時も動ずることのない人前に慣れた羽佐奈は司よりも社会経験が豊富でこういった場にも慣れているのだった。
建物の中に入るには検問の際にもらったパスカードが必要で、建物内はセキュリティ関係の管理を行う機関や次世代ネットワークシステム、生体ネットワークの研究施設の中枢になっている。
羽佐奈達はそれらの研究施設には目もくれず、真っすぐにアリスプロジェクト日本本部を目指してオフィスになっている建物内を歩いた。
奥まった場所に位置する関係者用エレベーターに乗り込み、生体認証を行って地下階層へと降りていく。関係者の情報によればこの地下は核爆弾の直撃にも耐えられるという。
許可された人間しか入ることが出来ない場所であるため、何重にもセキュリティ認証を受けさせられ、地下深くにある本部に辿り着いた。
ようやく辿り着いた本部では歩きながら見渡せるだけで40、50人のスタックがデスクに向かって集中した様子で作業をしていた。
「これだけの騒ぎが続いてるだけあって賑わってるね」
「いや……未曽有の事態になって対応に追われてるんだよ」
「ふふっ……立派な組織らしくなって、緊張感があっていいじゃない」
緊張感があるという羽佐奈の言葉通り、対応に追われるスタッフの表情はここにやって来た羽佐奈達が場違いに見えるほどにどこを見ても険しく忙しそうものだった。
以前までの次世代に向けての先端技術研究を担っていた頃とは違い、現実的な問題の対応に迫られている様子が伺え、プロトタイプアリス誕生以前からプロジェクトメンバーだった羽佐奈は少し遠い未来に思っていたことが現実に近づいてきたようで感慨深く思ってしまうのだった。
「赤津さん、ご足労感謝致します。さぁ、こちらへ」
地下深くにある研究施設を覗く三人の前に一人の男が姿を現し羽佐奈に挨拶をして会議室へと案内した。彼の背後には二人のサングラスを掛けた背広姿の男女が離れずピッタリと一緒に付いてきている。つまり彼はガードマンが付いているほどに重要なポジションに立つ人物であるという事だ。
「飯塚さん、ふふふっ……随分と仕事が忙しくなってきましたね」
何者かを察した瞬間、司は低姿勢になってしまうが、羽佐奈は旧知の仲のように臆する様子なく、馴れ馴れしい雰囲気で笑みを浮かべ言葉を返す。
意地悪な表情を浮かべる羽佐奈に思わず釣られて表情が緩みそうになる飯塚はなんとか立場を守ろうと硬い表情を守った。




