第二十章「霧の街へと」3
「あっ……そうだ、聞きたいことがあるのよ。この前の写真集は見てくれた?」
フランクフルトを食べ終わり、ウェットティッシュで口を拭く羽佐奈は先日発売したばかりの自身の写真集の感想を求めて前のめりになりながら司に聞いた。
「見たけど……コスプレ写真集って結構きわどいものが多いね」
口調だけは何気ない様子のまま聞いてくる羽佐奈に対して司は恐れを抱きながら控え目にあっさりとした感想で済ませようと返答した。
「セミヌードも必死に断ってるんだから! あれでワガママ言ってたら人様に買っていただくような商品にならないよ」
「でもさ……チャイナドレスのスリット部分とか、かなり攻めてるなぁって思うよ」
また面倒な話題に巻き込まれたものだと思いながら仕方なく答える司。
コスプレ物であろうとグラビア写真集に変わりない。
決して製作費も販売価格も安くない商品であるだけにセクシーさの感じられない内容を出すわけにはいかないのが現実だ。
しかし、毎日一緒に生活をする夫の司にとっては妻が刺激的な格好をした姿を世間に晒すのはご遠慮いただきたい気持ちでいっぱいだった。
「何? 男はああいうのが見たくて仕方ないんでしょ? 欲情するんでしょ?! ビキニだって今回ないのに、どんなのだったら許せるって言うのよ?!」
「いや……あんまりよく分からないけど、男女兼用水着とか、レディース雑誌に載ってる季節ものの私服とか?」
羽佐奈のこうしたモデル業のような仕事も生活費の一部に当然なっている。都内に構える探偵事務所の維持費は年々上昇しているだけに、羽佐奈の仕事は多岐に渡っているのだった。
売り上げを気にするのが経営者として当然の心理であり、羽佐奈は自分に魅力を感じてくれている現状、脱ぎたいわけではないが主な客層である成人男性のニーズには応えておきたいのだった。
「誰がわざわざ買うのよ……誰得よ男女兼用水着なんて。
お高く振舞ってサービス精神の欠片もない写真集出してたら、レビュー大荒れクレーム殺到だよ? もう二度お仕事の依頼来なくなっちゃうんだから。
司って、本当に昔からこういう事に興味ないよね。他の女に興味示さないのは精神衛生上いいけどさ」
司の返事があまりに寂しいものであったために羽佐奈は余計にムキになって感情的になりながらグラビア事情を絡めて反論した。
一方、ハンドルを握り高速道路を走る司は仕草を交えながらコロコロと表情の変わる白いワンピースを着てきた羽佐奈の姿を見て、彼女らしくて愛しく思うのだった。
「まぁ、そういう商品をネットショップを買わない上に、恥ずかしくてレジになかなか持っていけなくて、そもそも羽佐奈の写真集をレジに持っていくこと自体が僕にとっては相当な恥辱プレイだから」
目の前の羽佐奈が魅力的であることや、毎日のように一緒にお風呂に入り、一緒の布団で寝ている新婚夫婦のような二人。
そのおかげで司は性商品に触手を伸ばす機会がほぼない生活を送っていた。
「私の写真集は恥ずかしい物じゃありません。所長自ら探偵事務所の広告塔にもなってる、ナイスバディな美人妻なのよっ!」
「そういうこと自分で言うと価値下がるから言わない方が……」
羽佐奈の体型は実際のところ、特別グラビアに向いているような目のやり場に困るような体格ではない。
しかし、ドラマなどで清楚な役回りをして人気を集めており、それでグラビアの仕事が舞い込んできているのだった。
「むぅ……司は一言二言多いんだから、モデルの仕事もしてるこんな魅力的な私と一緒にいられる幸せを胸いっぱい噛み締めなさい。私だって子どもが出来て体重調整するのに苦労だっていっぱいしてるんだからね」
「そうだね、ははは……僕は確かに幸せ者でございますけど……」
喋り出すと止まらない羽佐奈の相手をする司。
段々と目的地が近づいていく中、司にとってもいい息抜きになっていた。
会話が盛り上がり、騒がしくしていると後部座席で寝息を立てることなく静かに一人寝ていた三浦友梨が呆れた様子で目を覚まして口を開いた。
「あなた達、緊張感がないわね。今から行くところは、国家機密にされてるアリスプロジェクトの日本本部なのに」
「だって……あそこには何度もお邪魔してるもの。それに私は国内ナンバーワンだからね。堂々としてないと、メンバーから頼りなく見えちゃうじゃない」
誇らしげに胸を張る羽佐奈、一方それを聞いた友梨の反応は実に冷淡なものだった。
「羽佐奈がナンバーワンの時点で、日本の未来が心配になるわ……」
「どういう意味よそれ……」
素っ気ない友梨の言葉に頬を膨らませ不満げに目を細める羽佐奈。身体の中にかつて生者であった霊を抱えている以上、決してメンタル強者ではないが、羽佐奈のこのナチュラルさが、彼女自身の強さを証明するものだった。




