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14少女漂流記  作者: shiori


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第十九章後編「消えていく命の鼓動」6

 僅かに消毒液の匂いが香る保健室。懐中電灯が欲しくなるくらいに暗い部屋の中を進み、ベッドを囲うカーテンを慎重に開いた。


 静かにベッドに近づいていき「水瀬さん」と、もし寝ていたら起こさないように、優しい声色を心掛けて黒江は声を掛けた。


「せんせい……せんせい……来てくれたんですね」


 ずっと起きて待っていたのか、ひなつはいつも以上にか細い声で、黒江が来てくれたのを涙声で歓迎した。

 布団から顔を出すひ弱なひなつ。その頬は恥ずかしそうに紅潮(こうちょう)していた。黒江はその表情を見て、切なくもドキドキしてしまった。


「千尋を送り届けてきたわ。遅くなってごめんなさい」

「大丈夫ですよ、ひなつは信じていましたから」

「本当? 先生、大して約束を守れていないのだけど。でも、水瀬さんと一緒にいると、凄く落ち着くわね」

「ふふふっ……私もです。保健室で一緒に先生と過ごした時間は私の宝物です」


 制服を着て学校に通うのが夢だったと話したことがあったひなつ。

 いつだってひなつの願いは謙虚で、どれも叶えてあげたくなるものだった。

 黒江は今になってひなつの魅力に気付かされた。

 可愛くて、優しくて、誰かのために頑張ろうとして、いっぱい悩む。今日だってそうだった。

 そして、ひなつはこんなにも自分に懐いてくれている。それがどんなに尊く嬉しいことであるか、黒江は改めて感じ取った。


「一つだけ、聞きたかったことがあります。

 

 私たちのような半人半霊の魔法使いと、静枝ちゃんのようなゴーストと、一体何が違うんでしょう? どうしてこんな、すれ違いが起きてしまったんでしょう? 


 静枝ちゃんの選んだ道は正しい道なんでしょうか?

 すみません、内容を整理していたつもりだったんですけど、全然一つじゃなかったですね」


 くすりと笑いながら、バツが悪そうにするひなつ。

 黒江はそんな難しいことをずっとひなつは考えていたのかと、回答に迷った。


「私にも正直良く分からないわね。私が信じてきたことにだって、間違いはあるかもしれないから」


「そうですか……それじゃあ、静枝ちゃんのためにも答えを見つけてあげてくださいね」


 それは何とも難題であると思いながら、黒江は頷いた。

 ゴーストと魔法使いとの違い、本気で研究すれば論文の一つでは済まないような大仕事になってしまうだろう。

 一つ話が終わり、ほっとしたのか息を吐くひなつ。少しだけ黒江は寒気を感じた。


 時計の針の音が異様に部屋に響く。ひなつは再び穏やかな表情をして口を開いた。しかし、その声はさらに頼りなく、か細くなっていた。


「先生……ひなつは本当は生きる価値のないどうしようもない人間です。こんな目をしているのだって中二病だからでもなんでもないんです。ただ自傷癖があって、自分でぶつけて失明させたんです。

 こんな私だから、母も壊れてしまって、父は耐え切れなくなって母の首を絞めて……全部、ひなつが招いたことです」


 淡々と途切れることなく言葉を続けるひなつは黒江の手を握った。ここに至って、ようやく黒江はひなつの身体に異変が起きていることに気付いた。


「どうしたの? 突然……」


 心が落ち着かず、訳が分からなくなった黒江はひなつに聞いた。

 しかし、手を握るひなつは黒江の問いには答えなかった。


「聞いてください、これはひなつの告白ですから」


 告白と口にした瞬間、黒江は心が震えた。

 何かがおかしい、ざわつき出した気持ちが離れない。

 ひなつが言葉を続けようとするのを止めたいのに、怖くなって声が出てこなかった。



「先生、今までありがとうございました。

 先生と一緒にここで眠ることができた、あの時間が私にとって、一番自分を傷つける衝動を忘れられることのできた、幸せで穏やかな時間でした。


 マギカドライブの力で幻想風景を見ていた時、母の声を聴きました。

 それだけ、あの瞬間スピリチュアルな力に頼り、私の中に幽霊として憑依する母に近づいたからでしょう。


 母は”頑張ってね”って、そう私に口にしていました。

 とても穏やかな声で、心が洗われるようでした。

 母は私の中で、私の事をずっと見ていてくれていたんです。


 初めて、母が私の事を誉めて励ましてくれた。こんなに嬉しいことはありません。


 だから、もう寂しくないです。


 これで悔いを残すことなく、母と一緒に天国に行くことができます。

 母もきっと、それを受け入れてくれます。

 

 これからもずっと、一緒なんですから」


 

 話し終えたひなつは名残惜しそうに手を離した。

 黒江は離れていく意味に気付き、心が締め付けられるようだった。

 

「ちょっと待って! 水瀬さん!!」


 また大切な生徒を失ってしまう。今日まで積み重ねてきた日々が失われてしまう。ひなつのいない明日になってしまう。

 耐え切れない感情が声となって零れるが、黒江の訴えに対して、ひなつは首を横に振って答えた。

 


「約束を破って無理をしてごめんなさい。


 さようなら、せんせい。最後に会いに来てくれてありがとうございました。


 我慢して待っていて良かったです」



 ひなつは手を伸ばし、黒江の瞳から自然と零れ始めた滴を拭くと、静かに手を下した。


 そして、ゆっくりと目を閉じて、息を引き取った。


 黒江は酷く焦って、その頬に触れた。


 まだ暖かい。しかし、胸の鼓動を確かめようとすると、呼吸は止まっていた。



「水瀬さん……水瀬さん……冗談だって言ってよ。


 こんなの、信じられるわけないじゃない。


 ダメよ……私は上手に泣いたり、悲しんだりできないんだから……っ」



 黒江はベッドシーツを強く握り、必死に悲しみを堪えた。


 実感の湧かない水瀬ひなつの死。


 元々体の弱い、病弱なひなつがあれだけの無理をしてしまった。


 それなのに、まるで息絶えた実感が湧かず、黒江は信じられない気持ちだった。


 ひなつが息を吹き返すことは二度となく、また、耐えがたい一日が終わりを迎える。


 宝石を与え、ひなつがマギカドライブを発動させるきっかけを与えてしまった罪にいつまでも打ち震える黒江。


 もう何十年ぶりかも思い出せない涙を流し、黒江はひなつとの永遠の別れを長い夜の間、すすり泣き続け、悼んだ。


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