第十九章後編「消えていく命の鼓動」5
一人きりになった車の運転を空虚に感じながら学園に戻り、駐車場に車を停めて降りた頃には、すっかり夜になってしまっていた。
黒江は明日の事を考えるのも面倒に感じながら、トボトボと校舎に入っていく。そして、自然と足は保健室へと向かっているのだった。
校舎の中の照明は夜になっても消えている。いつ終わるか分からないこの異変において電力は非常に貴重なものになっていた。ただ、廊下には非常用ランプの赤い光だけが灯り、異様に静かで不気味な空気感があった。
「ようやく、帰って来れましたか。苦労が絶えないですね、ミス黒江」
保健室の入口まで辿り着くと、そこには壁に寄りかかって煙草を吸っている遠くを見るような目をした月城先生の姿があった。
「まぁ……大半が自分で蒔いた種だと自覚しているわ」
外的要因のせいにすることはいくらでもできる。
アリスプロジェクトやゴースト。自分が魔法使いになったのだって、本気で自分が望んだことではない。自分の意思で選んだことがどれだけあったのか、黒江自身も今になってはよく分からないものだった。
「そんな悲しい顔をしていないで、教師らしくしっかりしていないといけませんよー? 中でひなつ嬢がミス黒江の帰りを待っていますよ」
「水瀬さんが?」
「そうイエス。ストレートにボイスにしなくても、ひなつ嬢の顔を見れば一目瞭然デース! 別れは寂しいことです。私も夫のところに戻ろう戻ろうとしていましたが、ついミス黒江が姿を見せるまで離れることが出来ませんでしたネ」
月城先生の声色はいつもより陽気なものではなかったが、言葉遣いはそのままいつもと変わらなかった。普段通りをわざと装っているのが、今の黒江にも分かった。
「そう、分かったわ、顔色を見てきます。あの子に優しく接してくれて感謝するわ」
ひなつの今日の頑張りを思い出し、真剣な表情を浮かべて黒江は言った。
「ソウネ、ひなつ嬢は勿体ないくらい謙虚な乙女でしたネ。ミス黒江、泣きたくなったら、泣いてもいいのですヨ。あなたにとっても、それは大切なことです。では、シーユーアゲイン!!」
言いたいことを言って、携帯灰皿に吸い終えた煙草を入れると、胸を揺らしながら立ち去っていく月城先生。
一人残された黒江は、最後の一仕事へと向かう覚悟を決めて、意を決して保健室の中へと入っていった。




