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14少女漂流記  作者: shiori


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第十九章後編「消えていく命の鼓動」4

 癒しの効果があったのか、麻里江は痺れがなくなり身体が正常に動くようになると、慌てて茜の無事を確かめて安堵した。


 結局、少女達が決死の戦いを繰り広げる姿を見ていることしか出来なかった黒江はどうすることも出来なかった無力感と後悔に苛まれながら、千尋を運び、車の後部座席に乗せた。

 

 トランス状態は解けたが、眠っている茜は麻里江が運び、ひなつは心配させまいとやせ我慢をして気丈に振舞って助手席に座った。


「ちょっと疲れました……」


 助手席でシートベルトを締めたひなつは酷く疲れた様子で虚ろ眼に小さく呟いた。


「千尋の魂が抜かれてしまったこと、親御さんに伝えないと……。一旦学園に戻るわ。もうすぐ休めるから大丈夫よ水瀬さん。その後で、千尋を神代神社まで送るわ。それで……いいかしら、麻里江?」


 教師らしく務めて冷静に黒江は言葉を紡いだ。千尋の事で麻里江が何を今考えているか、想像したくないほど心の内はざわざわしていた。


「はい……あそこが一番安全ですから」


 後部座席に座る麻里江はタオルケットの掛けられた千尋の頭を膝に大切そうに載せている。魂が抜かれ段々と冷たくなっていく身体に時折触れて、とても辛そうに、苦しそうに、哀しそうに表情を潜めて。


 エンジンを掛け、濡れた身体をタオルで拭き取ると、もうここには用はないと、黒江は車を発車させて凛翔学園へと向かった。


 学園へと向かう途中、茜は目を覚ました。

 無理な戦闘をしていたせいで酷い疲れはあるようだが、何事もなかったかのように正気に戻った茜。

 だが、千尋の魂を取り戻せなかったことを知ると、麻里江と同じように俯いて言葉を失った。


 学園まで車を走らせていると、気付けば日が暮れ始めていた。

 疲れを背負ったまま、学園に着くとひなつは保健室へと向かい、茜も一緒に降りて、保健室へと向かった。


 残った麻里江と共に、黒江は憂鬱な気持ちを隠せないまま、神代神社へと向かった。


「一体……いつになったらこの地獄は終わるんでしょう」


 千尋の身体を抱え、後部座席に一人座る麻里江が独り言のように呟く。

 午前中には体育館で大勢の死者に向けて姉妹神楽を行い、神事を任せられた。

 そして、先程まで舞原市を守る魔法使いとして戦い、大切な妹、千尋の魂を失った。

 高い使命感を持って生きている麻里江でも、この現実はあまりにも酷と言えた。


「奴らは魔法使いの魂を求めてる。またいずれこの異変の続く間に襲い掛かって来るでしょう。奴らにとってはこの異常な環境下であり続けることは都合がいいのでしょうね。

 私達人間が生き残るためには、戦うしかない。いつ終わるかなんて、分からないわね」


 考えれば考えるほど、どうしようもない結論に至り参ってしまう。今の現実はそれをよく物語っていた。

 黒江はゴースト対する憎しみが溢れ、どす黒いものに染まっていく感覚を覚えた。

 互いに人格的に大人であった黒江と麻里江。だからこそ、本音で言い合うこともこれまでできたが、冷静になれないことが起きた今、気持ちがざわついてならなかった。


 神代神社に到着すると、黒江は千尋の身体を背中に背負い、境内に向かって階段を上った。麻里江はタオルケットを千尋に掛けて背中から身体を支えながら一緒に階段を上がった。


 神聖な空気に包まれている神代神社。

 麻里江が一番安全な場所と言葉にするのが分かるほどに、空気が明らかに街とは違っていた。

 満足に機能しているとは言い難い避難所ではなく、ここで生活を続ける望月家の人々や神社を管理する人々。


 黒江は麻里江と共に、やっとの思いで千尋を家族の下へ送り届けた。


 この異変の最中に亡くなった人は大勢いる。 

 そのこともあり、黒江が罵声を浴びることはなかった。

 

 姉妹であり、一番仲の良かった末っ子の実椿(みつば)が畳の上に敷かれた布団に寝かされた千尋に駆け寄る。実椿以外の家族は千尋の死を理解したが、実椿だけは、そうではなかった。


「千尋ねぇ、なんでおきてくれないのじゃ!

 みつばと一緒にねこさんに会いに行くって約束したはずなのじゃ!

 早くおきるのじゃ! 千尋ねぇ!!」


 何度も何度も、声を掛け続ける実椿だったが、誰も口を挟みはしなかった。この場にいるほとんどの人間が実椿と同じ気持ちで、千尋の死を受け入れようとするので精一杯だったのだろう。いや、それどころか、実椿の悲痛な訴えを、声をその耳に聴いて何とか千尋の死を認識して受け入れようとしていたのかもしれなかった。

 実椿の言葉は、それだけ心に刺さるものだったから。


「申し訳ありません……私が付いていながら、これは私の不手際です」


 父親である神主を前にして、黒江は正直に謝罪を言葉にした。

 その間にも、実椿は嫌でも千尋が目を覚まさないことが分かってしまったのか、泣きじゃくり、母親に身体を押さえられながらも、受け入れられなくて必死に千尋の身体を揺すっていた。


「先生……そんなに自分を責めなさるな。

 この非常時、誰がいつ死んでもおかしくはない。それは千尋だって例外ではない。

 それは、この数日を見ればよく分かります」


 神主は心穏やかに努めて、黒江を労った。

 黒江は視界が時折曇り、どうしてこんなところにいるのか、どうしてこんな思いをしているのか、心労を含んだ疲労のせいで分からなくなりそうだった。


 実椿の悲痛に泣き叫ぶ声は止まらない。


 ”千尋ねぇ””千尋ねぇ”と何度も呼びかける。


 その声を聴いて、黒江はまたこれが自分の招いた罪であることを再認識した。


「千尋は私を信じて魔法使いなったのです。

 危険なゴーストと戦う魔法使いに。

 だから、これは紛れもない私の罪です」


 千尋を覚醒させた時のことが脳裏によぎった。

 罪を告白したとして何が変わるものではないことはよく分かっている。

 それでも、黒江は言葉を抑えられなかった。


 新たな犠牲が生まれ傷つく人々。

 まだ幼い実椿の姿は黒江の目に深く焼き付いた。

 

 後の事を望月家の人々に任せると、黒江は神社を出て、一人階段を脱力感に苛まれながら降りていく。

 空を見上げると日がすっかり落ちて、僅かに白く光る月が顔を覗かせていた。


 こんな悲しみがあっていいのか。

 終わりの見えないまま、これほどの犠牲を払って本当に平和が来るのか。  黒江は自分が生き残ることの必要性さえ見失いつつあった。

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