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14少女漂流記  作者: shiori


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第十九章後編「消えていく命の鼓動」3

「これは実に面白い光景です。片桐茜……リリスを破った魔法使いの本気がこんなに間近で見られるとは……」


 身体を起こし、必死の剣幕でぶつかり合う二人の戦いを愉快に見つめるファントム。仮面の下に浮かべる歪んだ表情を隠したまま、茜の剣捌きに酔いしれているようだった。


 決着の見えない攻防、千尋が意識不明となり、心肺停止から時間が過ぎれば過ぎるほど、焦りを募らせていく。


 麻里江は身体が麻痺をして動くことができず、黒江やひなつでは戦いの邪魔にしかならない。

 

 茜は、自分の力で何とかする他なかった。


「急がないと!! 千尋を返してっ!! あああぁぁぁぁぁ!!」


 徐々に怪物の両腕を防ぐのが精いっぱいになり魔力が底を付いていく。

 ファイアブランドを展開し続けなければならないことは苦しみへと変わっていった。

 怪物の腕が腸を抉り、身体を引き裂こうと迫るたび、それを防ぐ茜は強い衝撃を何度も受け止め、必死に抵抗を繰り返していく。


 息を切らしながらも、それでも……それでも千尋を救い出したい意思が、茜の中で眠っていた霊を呼び覚ました。


 突如として動きの変わった茜、そこには既に茜の意思はない。

 本能に身を任せるように、身体の限界を超えて、紅蓮の刃が怪物の腕を引き裂いていく。その動きは別人のような斬撃速度だった。


「なんと……これは凄い、魔法使いにこんな力が隠させていようとは」


 ファントムは静枝を助ける様子もなく、ただ状況を観察して”魔法使い”に秘められた潜在能力に惹かれているようであった。


「これは……トランス状態……」


 超能力を駆使する魔法使いに広い知見を持つ黒江が呟いた。

 理性を失い、瞳を真っ赤にさせトランス状態に陥った茜はリミッターを解除させて怪物の腕を切り裂き、悪魔のように不気味な紫色をした血を吹き出させ、圧倒的な戦闘力を発揮する。

 しかし、本来の茜の意識は既になく、麻里江の声も、ひなつの声も……黒江の声さえも届かなかった。


「茜……もうやめてっ!! このままじゃ、茜の身体も壊れてしまうからっ!!」


 地面を這うような状態のまま、茜に向かって懸命に叫ぶ麻里江。

 だが、一度トランス状態に陥り狂戦士と化した茜に声が届くことはなく、痛々しいまでに限界を超えて、ただ一心不乱に目の前の敵に向かって魔力を行使させ身体を動かし続ける。 


 このままではファントムだけが喜ぶ形で全てが終わり、茜も静枝も死んでしまう。


 悲惨な光景を前に、必死に目を伏せて身体を震わせるひなつ。

 だが、耳に届く音だけで、どれだけ激しい戦いが繰り広げられているか嫌でも分かってしまう。


 ひなつは服の中に隠れた、ネックレスチェーンの先にある宝石に手を伸ばし、ギュッと強く祈りを込めて掴んだ。


「ひなつは……ひなつはっ!! 何もできない弱虫になんて、なりたくないです……!!」


 目の前で戦う茜にまで危機が迫り、眼帯の着いていない片目から涙がこぼれ、止めようのないほどに滴が頬を伝い溢れてくる。


 この望まない無意味な戦いを止めたい、その一心でひなつは大きな決意をした。



「先生……ごめんなさい、ひなつはもう我慢できません」



 座り込んでいたひなつは立ち上がり、ネックレスチェーンに繋がられた輝く宝石を服の中から取り出した。


「水瀬さん……?」


 ずっとそばで一緒に座り、戦いの様子を見守っていた黒江は油断していた。

 そして、止めるタイミングを失い、突然立ち上がったひなつに掛ける言葉が分からずただ見つめた。


「先生、私の中には死んだ母が霊となってここにいます。


 だから、信じてください。魔法使いが叶える奇跡の力を。


 宝石よ……この願いに応えて!! マギカドライブ展開しますっ!!」


 小さなひなつの身体から放出される魔力。

 宝石はひなつの意思に応えて強い風を起こし、ひなつの髪を靡かせる。

 それはまさに、魔法使いの持つ輝きだった。


「……また、私は少女を追い詰めてしまったの」


 強い風に吹かれながら、黒江は茫然と呟いた。


 黒江が社会調査研究部の仲間と同じようにひなつが宝石の付いたネックレスを欲しがっていることに気が付いてしまったがために、プレゼントした聖なる宝石と呼ばれる美しい青色をしたラピスラズリ。


 青い色がひなつのイメージとして浮かんだ黒江はサファイアよりひなつに似合うだろうとラピスを選んだ。


 深く濃いブルーの夜空に帆の輝きのような模様が浮かぶ神秘的なこの宝石は、和名を「瑠璃」、世界で最初に「パワーストーン」と認識された宝石と言われている。


 ラピスラズリの石言葉は、「成功の保証」「真実」「健康」「幸運」などが知られており、幸福を呼び、知恵を授ける宝石とされている。


 ゴールドカラーのネックレスチェーンの先で燦然と輝くラピス。

 マギカドライブを発動させた水瀬ひなつは宝石に願いを込めた。


「私の願いを形に変えて!! フラワーサンクチュアリーー!!」


 ひなつの詠唱に応えるように周りの景色が一変した。

 公園にいたはずが、目の前に世界の果てまで続くような一面の花畑が広がっていく。


 空間結界魔術、フラワーサンクチュアリ。

 

 音の消えた世界で身体から力が抜けていく。

 それは同じ空間にいる全員に影響を及ぼし、リラックス効果を与えて心を穏やかなものに変えていく。

 戦意が失われていき、茜はゆっくりと花畑に身体を投げ出して眠り始めた。


「なんだこれは……頭が割れそうだ……」


 癒しの力は生へと向かう力、死へと導こうとする悪魔にとっては猛毒である。花畑に飛び回るちょうちょの鱗粉を浴びて頭を押さえるファントム、そして浮気静枝。


 同じ結界内にいるだけで苦し気な表情を浮かべ、酷い頭痛に襲われるゴースト。

 ファントムはたまらずこの場にいる限界を感じると静枝の腕を掴んで透明になると、結界を抜け出して逃げ去っていった。


 やがて、ゆっくりと空間結界”フラワーサンクチュアリ”が解けていく。


 青く光り輝いていたラピスは元に戻り、膨大な魔力を行使したひなつはその場に座り込んで貧血を起こしたように自分の力で立てなくなった。


 こうして壮絶なまでの公園での長い戦いはようやく終わりを迎えた。

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