第十九章後編「消えていく命の鼓動」2
「これが……水瀬さんの見た、予知夢の真相ってことかしら……」
茜の後からやって来た黒江とひなつ、雨に打たれながら目撃した光景は、嫌な予感を抱えていても、信じたくないものだった。
「千尋さん……!!」
茜が麻里江を助けたのを見届けると、ひなつは公園の地面に倒れている千尋に駆け寄った。黒江はその早い反応を見ると、自分も千尋の下へと駆け寄ってその身体を起こして仮面を外すと、すぐさま状態を確かめた。
「息をしてない、魂を抜かれているわね……」
可憐の死の見届けた黒江にとって、同じ症状を見ればすぐに魂が抜かれていることに気付くことができた。アリスの祝福を受けて覚醒を果たし、半人半霊となってゴーストを視認できる魔法使いになったものが迎える最後としては最悪の事態。
上位種のゴーストが魔法使いの魂を求めて、魂砕きを必要に狙って迫って来ることは、全ての計算を狂わせることだった。
「くっ……私がもっと責任を果たしていれば、こんな取り返しのつかないことには……」
既に目を閉じて、起きる様子のない千尋。ひなつは思わず悲しみの感情を発露させた。
静枝が禍々しい力を行使する予知夢を見たとはいえ、誰が犠牲になるかまでは見ることの出来なかったひなつにとって、運命を変えられなかった自分を呪わずにはいられなかった。
「静枝ちゃん……ごめんなさい。ひなつがもっと早く気付いてあげられれば、こんな過ちを犯して、罪を背負わずに済んだのに。
でも、悔やんでも仕方ないの。もうやめよう……静枝ちゃんはひなつにとっても大切な人なの!!
自分の中のゴーストに負けないで、帰ってきてっ!!」
幾度となく保健室で一緒の時間を過ごした二人。
思い出の日々が蘇り、胸が苦しくなる中、ひなつは静枝の心を救うことができなかったことを悔やんで声を掛けた。
「ひなつ、どうして今更出てきたのよ。あなたに戦場は似合わない。
私がゴーストである以上、これは最初から決まっていた運命よ。そこで大人しくしているのよ、ひなつ」
必死に静枝に訴えかけるひなつ。
それに対して、内に秘めた葛藤を抑えつけて、静枝はひなつを突き放した。千尋の魂を奪い、ここまで来てしまった以上、そうするしかなかった。
「人間の殻を被った化け物がっ!! 千尋の魂を返せっ!!」
ファントムを仕留めそこない悔しがる茜は、雨が降りしきることも気に留めず、紅蓮に燃えるファイアブランドを発現させた。そして、皆が大切にする千尋の事を救い出したい一心で新たに出現したファントムに向かって勢いよく飛びかかっていく。
だが、まだ起き上がろうと動作をしている、隙だらけのファントムを静枝が守った。
ファイアブランドを受け止める怪物の腕。抵抗を受けた茜はグッと歯を食いしばって、今度は静枝を睨みつけた。
「どうしてそいつを庇うのっ!! あたしは千尋の魂を取り戻したいだけなのにっ!!」
茜はこれまで一緒に部活動をしてきた仲間同士、戦いたいわけではない。
だから、ファントムのみを狙おうと攻撃を仕掛けたにも関わらず、静枝の意志は固かった。
「片桐さんが相手でも、容赦はしませんよ」
思い出を消し去るように冷たく言い放った静枝。
心がチクリと痛み、泣き出しそうになるのを茜は必死に堪え、静枝の背後にある、黒い空間から伸びる怪物の腕に抵抗した。
もう言葉は届かない。この場で千尋の魂を取り戻すためには、たとえ静枝が相手であっても心を鬼にするしかない。そう茜は覚悟した。
そこから激化する、互いに譲ろうとしない茜と静枝の戦い。
魔力を放出させファイアブランドを繰り出す茜に対し、静枝は巨大な怪物の正体は見せぬまま、両腕を器用に伸ばして茜の攻撃を防ぎ切っていく。
「仲間同士で……魔法使い同士で戦うなんて、ダメだよっ!!」
二人の戦いを千尋の側で見つめるひなつは悲痛に叫んだ。
だが、声を吐き出して、想いを伝えようとしても、狂気へと変わっていく二人を止めることは出来なかった。




