第十九章後編「消えていく命の鼓動」1
千尋と静枝、仲間同士だったはずの二人の戦いは残酷にも依然として続けてられていた。
「マギカドライブを全開にしているのにっ!!」
互いに放った決死の一撃がぶつかり合い、公園は激しい光に包まれ、周りのゴーストは近づくことさえできないほど、強い波動に包まれていた。
異形の腕に阻まれ、拮抗した状況からなかなか突破できない千尋は焦り始めた。
「もう諦めなさいっ!! 乱暴に魔力を使うだけでは、私には勝てないのよ!!」
「そんなの関係ないっ! 千尋だって、正義の魔法使いなんだからっ!!」
一度棍棒を退き、もう一度構えを取る千尋。
気を抜くと意識が飛びそうなほど魔力の消耗をしていたが、ここで諦めるわけにはいかないと懸命に下半身に力を入れる。
そして、今度こそは力負けするわけにはいかないと、さらに自身の魔力を放出させていく。
脅威を感じる怪物の腕を視界に入れたまま、千尋は次の一撃に全てを賭けようと黄金の金槌を再び振りかぶった次の瞬間、千尋の背後に忍び寄った何者かによる攻撃を受け、身体全体に衝撃が走った。
胸を貫くような異物感のある衝撃が千尋を襲い、呼吸が出来なくなり、あっという間に身体から力が抜けていく。
声を上げることも出来ず、何が起こったのか分からぬまま千尋はその場で倒れ込んだ。
「簡単な任務と豪語していたのに、随分苦戦していたようですね」
人をあざ笑うかのような口調でありながら、怪しさを持った美声が響く。
すると、何もないところから白い手袋を着け、スーツ姿をした真っ白の仮面があまりに印象的な男が姿を現した。外見上、年齢は分かりづらいが人の姿をした造形で、女性を引き付けるようなきめ細かで清潔な美貌を匂わせ、スラっとした体型をしている。
男は突然姿を現し、残酷にも千尋の魂をあっという間に引き抜いて、その身体機能を停止させた。
魂を失い、目を見開いたまま、抜け殻のようになった千尋が地面に横たわる。
容赦のない一瞬の出来事だった。
「ファントム、助かりました。一度発動済みにもかかわらず彼女にまだマギカドライブが残っているとは想定外でした」
白いマスクを被る、静枝からファントムと呼ばれた謎の男。
魂を抜き取るその能力を有していることから、透明になることで自らの肉体を隠すことができる特性を持ち合せた新たな上位種のゴーストだった。
「いえいえ、これまでの君の計略は十分に見届けることが出来た。とても魅力的な造反でしたよ。さて、これでまた一つ良質な魂を獲得することが出来た。上出来と言えましょう」
ピクリとも動かなくなった千尋のことなどもはや眼中にない様子で静枝と話す新たな人類の敵、ファントム。
マスクで顔を隠し、威厳さを持ち合わた堂々とした振る舞いで、なおかつこの状況を楽しんでいるかのような余裕のある口ぶりだった。
「千尋っ!!」
公園の奥まで向かっていた麻里江は戻ってくると、地面に倒れた千尋の姿を目の当たりにして声を上げた。
「麻里江さん、一歩遅かったですね。千尋の魂はこちらが頂きました」
悪びれることなく無情にも告げられた言葉により、麻里江はすぐさま現状把握を迫られた。
「そんな……静枝さんあなた」
血の気が引くほどの真実に気付いた麻里江は完全に足が止まり、見たことないスーツ姿の男と静枝に恐ろしさを覚えた。
「はい、私、本当はゴーストなんです。ずっとこの時を待っていたんですよ。とても今は清々しい気持ちです。もう、隠し事をしなくて済むんですから」
「あなた……今まで騙していたのね。千尋を今すぐ返しなさいっ!!」
千尋を失うわけにはいかない、麻里江は必死の想いだった。
「出来ないお願いです。これは愚かな人間たちを粛清させるための、大いなる目的のために利用されるんですから」
「そんなこと知らないっ!! どうでもいいことよっ!! 早く千尋を返してっ!!」
「返してほしければ実力で取り返してください」
静枝は全く譲る余地はないことを告げ、大事な千尋のために必死になる麻里江に無情な選択を迫った。
「もちろんそのつもりよ……こんなことをして、許しておけるはずないんだから」
人が生きていくために最も大切な魂を失い、目の前で意識を失って倒れている千尋のためにもここで退くわけには絶対に行かない。勝機があるかなど関係なく、なんとしても救いたい一心で麻里江は戦う決意を固めた。
「ファントム、それでは姉妹まとめて始末して、ここを立ち去るとしましょう」
「静枝、とても素晴らしい判断です。二人の魂を獲得できる絶好の機会ですから、お手伝いします」
ファントムに操られている様子のない静枝は次なる標的、麻里江を迎える体制に入った。
麻里江は先制攻撃を仕掛けようと感情のままに連続で光の矢を放つがファントムは姿を消して回避をし、静枝は再び怪物の腕を出現させ、身体を守るように大きな手を開いて矢を弾いて見せた。
先制攻撃が不発に終わると今度は静枝の操る腕が容赦なく襲いかかる。
相手に恐怖を与えるには十分すぎるほどの大きさと禍々しさを持った腕が麻里江に迫る。
先ほどマギカドライブを発動させ、魔力を一度に大量消費した麻里江は必死の状況だった。
まともに直撃を受ければ間違いなく死に至る危険な攻撃。麻里江はここで負けるわけにはいかないと、攻撃の迫る僅かな間に姉妹神楽で使ったような扇を出現させ、得意のファイアウォールを駆使して扇で怪物の腕による攻撃をギリギリのところで防いだ。
だがしかし、正面からの攻撃を防ぎ、背後ががら空きになると、突然背後に男の姿が現れ、予想外の一撃を受けた。
チクッと針を刺された痛みが走ると、すぐさま身体に異変が現れた。
身体が麻痺を起こし、力が抜けていく。
そして、耐え切れずに麻里江はその場に倒れ込んだ。
「なんで……身体が言うことを聞かない……」
咄嗟の回避も間に合わず、悔しくも身体が動かなくなった麻里江。何とか目を開き続けるが、視界はぼやけ、意識を保つのがやっとだった。
「神経毒を与える注射です。即効性においては毒ヘビが持っているものとそう変わらない効力がありますので、しばらくは動けませんよ」
新たに出現した上位種のゴースト、明らかに人の姿をしたファントムに見下ろされ、容赦のない言葉を浴びせられる麻里江。
必死に抵抗しようにも、身体に毒が回り、思ったように動いてはくれなかった。
「さぁ、麻里江さん。これでお別れです。千尋と一緒に最期を迎えてください」
静枝が哀しみの感情を表すことなく、別れの言葉を告げる。
後はファントムが先ほど千尋にしたように魂を抜き取れば、麻里江も千尋と同じ道を辿る。静枝は麻里江の姿を目に焼き付けようと、ファントムの行動を見守った。
「残念ですね、ここに来る前に魔力を使いすぎてしまうとは」
当然、麻里江の魔力が消費されていることに気付いていたファントム。
物足りなさげに声を漏らして、手袋を着けた手を開くと、魂を抜き取ろうと麻里江の胸元へと手のひらを伸ばしていく。
これで自分も終わってしまう、麻里江は倒れて動かなくなった千尋を視界に入れたまま……ついにそう思った。
「させるかぁぁ!!」
公園に轟く力強い少女の大きな声と共に、ファントムはその身体を吹き飛ばされた。
麻里江の窮地を救ったのは、茜の繰り出した不可視の剣による風の力だった。何とか間に合った茜による一撃でファントムに軽傷ではあるがダメージを与えることができた。




