第十九章前編「裏切りのロンド」5
不気味な黒い瘴気がゆらゆらと揺れる、目の前の大型ゴーストと対峙する中、麻里江の頭の中に千尋の悲鳴のような声が木霊した。
「千尋っ!! 一体何が起こったの……」
力の限り、”姉さん”と叫んだ千尋の言葉は距離があってもテレパシー能力のおかげで届けることに成功していた。
心が通じ合っているからこそ、千尋に危機が迫っていることを強く感じた麻里江。
だが、今は目の前の敵を迎え撃たなければならない状況だった。
「千尋……すぐに助けに行くから、負けるんじゃないわよっ!!」
いつも以上に感情を表にして、念じながら声に出して、千尋の安否を気遣う麻里江。
無事な姿を確認できないことは苦しいことだが、今は大切な妹の無事を願うことしか出来ない。
そして、静枝の裏切りというところまでは千尋からテレパシーを受け取ることができなかったが、一刻も早く二人と合流するため、麻里江は宝石の力に初めて頼ることを決断した。
「速攻で終わらせる……。目の前の敵に恐れている場合じゃないの。宝石の力よ……! 私の願いに応えてっ!!」
目にするものに威圧感を与える巨大なゴーストを前に、麻里江は屈することのない強い意志で巫女装束の下に隠れた宝石に手を触れた。
周囲には小型のゴーストが今にも襲い掛かろうとする勢いで麻里江を囲み、目の前には四本足の犬のような形状をした大型ゴーストが紅い瞳を光らせ、敵意を剥き出しにしている。
一人で立ち向かうには絶望的な状況。しかし、麻里江は一切怖気づくことなく、目をつぶって宝石に祈りを捧げる。
そして、時を待たずして宝石を中心に周囲に向かって放物線を描きながら眩い光を放ち始める。
首に掛けられた滴のような艶のある一粒ネックレス。
黒江から託されたオレンジ色を帯びたゴールドカラーが美しいインペリアルトパーズが麻里江の想いに応える。
日本では「黄玉」とも呼ばれる黄色のトパーズ。
十一月の誕生石であるトパーズは太陽の恵みが得られるとされ、収穫祭を迎える実りの時期を象徴するような宝石であり、これは麻里江の光を操るフォトンキネシスの威力を絶大化させることができる。
「ありがとう……先生。私は自分の信じた道を進みます。
マギカドライブ展開っ!! ライトニングアロー、アサルトモード!!」
黒江からプレゼントされた魔力の濃縮した宝石を握りしめ、一人、温かな光に包まれる麻里江は自分の信じる力を開放する。
闇を払いのけるように上空に姿を現す無数の光の矢。
マギカドライブによる限界を超えていく魔力行使は、麻里江の想像を具現化させていく。
「私は負けません! 蹴散らしてっ!! 光の矢よっ!!
いけぇぇぇぇぇっっ!!!」
降りしきる雨の中、脅威を感じて飛びかかって来るゴースト達。
それらを無数の光の矢が正確に狙撃するように貫いていく。
次々と断末魔を上げ、虚空へと消え去っていくゴースト達。
だが、麻里江の視線は周りのゴーストではなく、最も脅威である正面に立つ大型ゴーストに向いていた。
意識を集中させ、魔力の限り途切れることなく光の矢を召喚させていくと今度は大型ゴーストに向けて発射させていく。
公園は朝日が昇った瞬間の眩しさのような光に包まれ、光の矢は神速の勢いで次々と真っ黒なゴーストの身体を貫通させていく。激痛を訴えかけるように大きく口を開き、悲鳴のような咆哮を上げる大型ゴースト。
光の矢が飛び交う中、大型ゴーストは抵抗を試みようと大きく上空へと飛び上がった。
光の矢を浴び、正体を隠す黒い瘴気が徐々に消えていった大型ゴールドのその姿は、様々な動物の魂が融合をした四本足で鋭い爪と歯を持ったキメラのようであった。
ゴーストは再び咆哮を上げると、上空に飛び上がったままその大きな口を開き、浴びたものに死に至る呪いをかける毒液を含んだ黒い瘴気を放った。
予期せぬ反撃であったが麻里江は手を開いて真っすぐに伸ばすと、得意のファイアウォールを展開させ、迫りくる瘴気を防ぎ切った。
地上へと再び降りてくる大型ゴースト。長期戦には出来ない麻里江は次の一撃でトドメを刺すべく、光の矢をリング状に展開させていった。
「この一撃に全て込めて、天に還りなさい。
ライトニング……ブラスターっっ!!!!」
リング状に展開した光の矢は光を中央に収束させ、大型ゴーストに向けて必殺の砲撃を放った。
麻里江が操るフォトンキネシスを最大限に増幅させた光の砲撃。マギカドライブの補助がなければ到底発現できない魔術行使である一撃は、麻里江の想像の中でしか存在しなかった現実としては考えられない奇跡だった。
フォトンキネシスによる光の砲撃は、放たれるとすぐさまゴーストの身体を瞬く間に包み込んでいき、圧倒的な魔力量でその身を消滅させていった。
「はぁ……はぁ……行かないと、千尋のために」
光が消え、再び雨の降る薄暗い公園へと姿を戻す。
目の前の危機は去ったが麻里江は想像以上に魔力を消費した疲労を覚えた。
だが、立ち止まって休んでいる猶予はなく、危機を発した千尋の下へと雨に体を濡らしたまま急いだ。




