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14少女漂流記  作者: shiori


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第十九章前編「裏切りのロンド」3

「静枝ちゃんはここにはいないんですか?」


 茜とアンナマリーの決闘会場である丘にやってきたひなつは全員に聞こえるよう声を掛けた。

 予知夢として見た迫りつつある危機を伝えるため、慌てて裏山の林道を歩いてきたひなつは元々体力がないこともあり息を切らしていた。


「大丈夫? 水瀬さん……どうしてこんなところに」


 黒江が心配して駆け寄り身体を支えた。ちゃんと食事を摂っていないからなのか、ひなつの身体を黒江はさらに軽く感じ、小顔であることも重なり捨てられた子犬のようであった。


「先生、夢を見ました。とても怖い夢です。

 何かの間違いならいいんですが……」


 息を切らしてる分、段々とか細い声になっていくひなつ。だが、必死に伝えようしている突然現れたひなつの姿に、周りの視線は既に注目を浴びていた。


「静枝さんなら、二人と桂坂公園に向かったの。ゴーストが出現したからって」


 最初からひなつの言葉を聞いていた雨音が声を上げてひなつの言葉に答えた。

 雨音が丘に来て合流し、ゴーストの出現と先行して三人が対処に向かったことを伝えたため、名目上、模擬戦闘である二人の決闘は中止された。

 決闘は第5ラウンドまで進んでいたが、両者一歩も引くことなく決着はつかなかった。


 怪我などは幸いなかったが、魔力を消費していた茜は雨音の治療を受けているところだった。


「二人……もしかして、麻里江さんと千尋さんですか?」

「ええそうよ、私は先生達にこの事を伝えるために一緒に行けなかったの」


 ひなつの疑問に答える雨音、ひなつの表情は凍り付き、徐々に血の気が引いていった。


「どうしたの? 夢を見たってさっき言ったけど、一体何を見たの?」


 身体を支える黒江はさらに真剣な表情に変わり、ひなつに聞く。険しい表情になってしまった分、問い詰めるような形になった。


「それは……」


 まだ気持ちの整理が付かない中でここまで急いでやってきたひなつは混乱した。一斉にこの場にいる全員から見つめられ、予知夢として見たものを話していいのか分からなくなった。


 自分が起こした行動で未来がどのように変化してしまうのか、本当に伝えてしまっていいのか、どうしようもなく生じる迷いがひなつの伝えようとする声を押し殺してしまう。


 

「分かったわ。どちらにせよ、現地に行って確かめた方がいいでしょう。車を出すわ」



 ひなつが答えるのを躊躇ってしまっている中、先に結論を出したのは黒江だった。

 黒江にとっては、異変が始まってから姿を見せなかったひなつがこの場にいるというだけで、大切にしなければならないという思いだった。


「ありがとうございます……」


 顔色の悪いひなつは感謝を伝える。黒江は茜を救った時のように何か予知夢を見たのかもしれないと察した。


「急なことになったな……。まぁ、好きにするといい。じゃじゃ馬にこれ以上無理はさせられんからな、こちらは戦力を温存させてもらおう」


 連日戦いに明け暮れるアンナマリーのことがあり、蓮は黒江に桂坂公園のゴースト退治を任せることにした。

 当のアンナマリーは仰向けになって花畑で力尽きたように寝っ転がっており、奈月が傍に寄り添い呆れ顔や心配そうな顔をして話しかけている。


「構いません。私が責任を持って対処します、先生もよく見れば顔色が悪い、昨日ほとんど寝ていないでしょう」


 この場にいる只一人の男であるため、なかなか心配の声を上げる人はいない。だが、黒江は休めていない原因が趣味の絵画のためだとは気付かないながら蓮が休めていないことを感じ取った。


「それじゃあ、あたしも一緒に行きます。ひなつの心配事が杞憂であるかあたしも気になります。雨音は家族のところに行ってあげて。今から桂坂公園に行ったら、帰る頃には遅くなってしまうから」


 認知症のある祖母やまだ小学生の二人の弟もいる雨音の家族は避難所ではなく今も自宅で過ごしている。家族のことになると気掛かりになる茜は雨音に家に戻るように勧めた。

 

「そう……あまり無理しないでね、上位種がもし出現したら、撤退するのよ」


 茜は決闘で魔力を消耗している、自分のいないところで茜に何かあれば正気ではいられないと思う雨音の心配する気持ちは本物だった。


 桂坂公園へ向かうメンバーが決まり、全員で林道を降りた。

 ひなつの顔色は酷く、青ざめているほどで、とても夢で見た話を聞ける状況ではなかった。


「先生……すみません、無理を言って。でも、私……」

「大丈夫、心配いらないわ。水瀬さんは今、正しいことしてる。それだけは、先生は信じてあげられる」


 ひなつは黒江の言葉を聞き、胸が熱くなった。自分の事を信じてくれる人がいる。それだけで、勇気を振り絞ってここに来た甲斐があったと思うことができた。

 

 まだ日が落ちるような時間ではないため、視界は悪くないが、下り道の林道は特に足場が悪い。


 一同はひなつのためにも、慎重にゆっくりと学園まで歩いた。

 

 駐車場までなんとか辿り着き、車に乗り込むと、黒江は運転席から後部座席に座ったひなつへ、おにぎりなどの非常食が入ったビニール袋を手渡した。


「今の内に食べておきなさい、栄養失調になるわよ」


 後部座席で行儀よく足を閉じて両手を太ももに乗せて前を見ていたひなつはビニール袋を受け取り、その中身を覗き込んだ。


「こんな貴重な物……」


 中に入っていたのは主におにぎりなどの炊き出しで作った食べ物で、おにぎりは炊き込みご飯やゆかりを振りかけたものまであり、避難所で作った愛情の込められたものであった。


「遠慮したらダメよ、あなたは私の保護下に入ったのだから、この危機を乗り越えてもらわないと困るわ」


 遠慮がちに振舞うひなつに黒江ははっきりとした口調で告げた。

 ひなつは黒江の想いを受け取ると、まだ気分が悪く食欲不振の中、なんとか我慢しておにぎりを胃袋に入れた。


「ご心配をおかけして申し訳ありません。ひなつ、迷惑を掛けるかもしれませんが、もう逃げません」


 桂坂公園へ向かい、車が走行を続ける中、ひなつは少し顔色を良くして二人に感謝を伝えた。


「本当に……家にもいないって聞いてたから、心配したわよ」


 ずっと気掛かりだったひなつと再会を果たした黒江は少しだけ安心すると、ハンドルを強く握り、もう自分の責任でもってひなつを守ろうと決意を新たにした。


「雨が……」


 助手席に座る茜がポツポツと降り始めた雨粒を見て声を上げた。


「どうしてこういう時に限って降り出すのかしらね」


 フロントガラスを濡らす雨粒で視界が悪くなると、黒江は悪態を付きながらワイパーを付けた。


 公園の中に入っていく必要がある以上、車を降りれば全員が濡れることになる。

 この先、大変な戦いが待ち受けていると覚悟する他なかった。

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