第十九章前編「裏切りのロンド」2
ゴーストの出現が確認されたという桂坂公園に向かっている三人。
先頭を歩くのは、報告をした静枝ではなく、白いサンダルを履いて歩く麻里江と千尋であった。
姉妹神楽の演舞を通じて、以心伝心し合い、さらに心を通じ合わせた二人は、とても仲の良い理想的な姉妹像を如実に描いているようだった。
無意識に二人で先に進んでいく姿を後方から静枝は追い掛ける。いつだって変わらない、顔色一つ変えない、足音さえ響かせない、落ち着いた立ち振る舞いで。
公園に辿り着くと静枝の情報通り、黒い影の姿をしたゴーストの群れが待ち構えていた。
「ファイアウォールを展開するわ!」
周りに市民の姿が見えないのを確認すると、麻里江の決断は早かった。
千尋も自分達がするべき役目を理解して頷く。
「はい、姉さん、千尋が近接攻撃を仕掛けます。援護射撃は任せますね」
「すっかり、茜みたいなことを言うのね。援護するわ、無理はしないのよ!」
「もちろんです、痛い思いはごめんですから!」
慣れた様子で二人は掛け合いをすると、ゴーストが三人に襲い掛かる前に麻里江は素早く両手を広げファイアウォールを展開させる。結界はあっという間に公園全体を包み込み、魔法使いにとって戦いやすい状況へと変化した。
一方、千尋は仮面を付け、視界から消えていく。
静枝がしていた予測以上に手際の良い動き。彼女が戦いに参加するかを決める前に、二人はもう動き出していた。
視界から一旦消えた千尋は、懐から取り出したお札を手に掴み、真っすぐにかざしてそのまま黒い影に貼り付ける。
そして、間髪入れず次の標的に向かってお札を貼り付けていく。
お札を貼り付けられたゴーストは何が起こったのか分からないまま、身動きを取る前に青白い炎に包まれ、そのまま天に召されていった。
「千尋があんな動きをするなんて……」
ついこの前までは後輩として可愛がられていた普通の少女だった千尋。それが魔法使いとして恐れることなくゴーストに立ち向かっている。静枝は覚醒を果たし、活躍をしていることを知ってはいたが、それでも想像以上に手際の良い戦闘力を見せつける姿に驚かされた。
「私だって想像以上よ、まさか巫女の役目を嫌がって、よくお稽古をサボっていた千尋がこんなに影響を受けるなんてね」
「本当ですね。でも、望月さん、嬉しそうです」
「これでも複雑な気持ちよ。迷いなく目の前の事に集中できているのが分かるから、信頼できてるだけ」
成長を遂げていく千尋、その姿を目の前にして明るい表情を浮かべる麻里江。
魔力を帯びた弓矢を構え、千尋の動きを見ながら、意識を集中させて矢を勢いよく放っていく。
静枝は安心を覚えながら瞬きをして、次々とゴーストが退治されていく的確な連携に感服した。
ゴーストの数は多いが、紛れ込んだ人もいないことで、何事もなく戦闘が終わるかと思われた。だが、麻里江はこれまでの戦闘経験から冷静にハブとなる融合体の大型ゴーストの存在があることを予測して、攻撃しながら索敵を入念に続けていた。
そして、静枝が心の内側を探るような視線を麻里江に向けていることに気付かぬまま、麻里江はハブである可能性の高い大型ゴーストをついに察知した。
「千尋!! 融合体の気配を察知したわ!!」
麻里江は千尋が攻撃の届かない木の上で待機したタイミングで声を掛けた。
異変が始まって以来、野外にこれだけ大勢の数のゴーストの出現はなかった。
それだけに一筋縄ではいかないと思っていた麻里江はむしろ先に危険を察知することができて良かったと思うほどだった。
「やっぱり……雑魚ばっかりじゃなかったんだね」
数は多いが上位種のような難敵はいない。そんな中でハブである可能性のある融合体を発見できたのは朗報であった。
「私は索敵できた融合体の撃破に向かうわ!」
「姉さん、一人で大丈夫なの?」
「もちろんよ! いざという時はマギカドライブもある。問題ないわ、そっちこそ、一人で平気?」
方針を話し合う二人、ここで静枝は自分だけ傍観者でいるわけにはいかないと口を開いた。
「望月さん、妹さんのサポートには私が入ります。ご安心ください」
魔力を開放して両手を伸ばす静枝。両手の先からオーラような白い煙のような靄が湧き出ていた。
「私も自分にできることを模索してきました。皆さんの遅れは取りませんよ」
ゴーストが群がる前線にゆっくりと進んでくる静枝の存在に気付いた猛犬タイプのゴーストが勢いよく襲い掛かる。だが、静枝は一切動じることなくゴーストの姿を捉え迎え撃った。
静枝は両腕を振り払い、ナイフのような切れ味でそのままゴーストを消滅させた。
「静枝さん……凄い」
一撃で迫るゴーストを消滅させた静枝。普段は夜の見回りに参加しないこともあり、千尋はもちろん麻里江も静枝の戦闘スタイルはほとんど知らなかっただけに、簡単にゴーストを退治したことには驚かされた。
「さぁ、行ってください、このままではキリがありません」
「分かったわ、千尋。無理はしないようにもう少し持ちこたえるのよ!」
「大丈夫! 心配しないで、姉さん」
それぞれの役割を確認しあい、理想的な意思疎通で目的に向かって最善の選択へと進んでいく。
麻里江はこの場を二人に任せ、公園の奥へと向かって姿を消した。
残った静枝と千尋は、互いに背中を預け合う体制を取り、知性を持たない大勢のゴーストの襲撃に備えた。
麻里江は道を塞ぐゴーストを立ち止まることなく正確に矢を射り消し去ると、そのまま奥へと進んでいく。
(もし大型のゴーストがハブであるなら……先に倒せば有利を取れるはず)
麻里江の戦術はこれまでゴーストと戦ってきた経験則から来るものだった。
脅威の度合いからすれば知性を持ち、擬態も行う上位種ほどではないが、周りのゴーストを取り込み、その力を増幅させる融合体は厄介だ。
取り込めば取り込むほど強くなる融合体は周りのゴーストが倒され減っていくと危機を感じさらに周りのゴーストを取り込み、より強力なゴーストへと進化を遂げていく。
戦闘が長引けば長引くほど、強くなる融合体。
それだけに群れを成して出現した際は融合体の行動にも気を配る必要があるのだ。
それに融合体の危険はそれだけに限らず、ハブとしての役割を担い、周りのゴーストに影響を与え、正確な連携伝達を行ったり、力を分け与える可能性もある。
そうなれば戦闘はさらに厄介になり、勝利が遠ざかってしまう。だからこそ、ハブの可能性がある融合体の存在をいち早く索敵して対処することは重要なことなのだった。
「―――さて、茜にばかりいつも任せていたけど、私にもできるかしら」
噴水のある広場に近付いていくと、遠くからでも分かるほど大型のゴーストが生物とは思えないその禍々しい形状で視界に映り込んだ。
二人の前では心配を掛けないよう強がって見せたが、麻里江は一人で融合体と戦ったことはない。本来サポート役である麻里江はゴースト相手に力比べのような真似はしたくない。相手の弱点を見極めて油断せず、本気で立ち向かう必要があった。




