第十八章「太陽のような君と」4
黄金色の丸い形をした美しいマリーゴールドの花言葉はポジティブなものからネガティブなものまで多彩である。
ポジティブな意味としては太陽神アポロンにちなんで「勇者」「生命の輝き」「変わらぬ愛」などがあり、ネガティブなものとしては「悲嘆」「悲しみ」などがある。
花言葉自体が神話の時代から続き、人の感性が連想したものに過ぎないが、奈月はこうした花言葉を想うたび、同じ黄金色の髪を持つアンナマリーにピッタリだと思ってしまうのだった。
奈月が初めてここでアンナマリーの姿を見掛けた時、深い悲しみに暮れているような表情に見えた。それも、本人が悲しいと自覚できないほどに、深淵奥深くにまで続いているような印象だった。
行動障害を起こしていた父に襲われそうになった際に、衝動的に父親を殺したことが原因で、教会に孤児として暮らしていたアンナマリー。
その後、心的外傷を負ってきた孤児の中でも特質、超能力開花の兆候が見られたアンナマリーは超能力研究機関に引き取られ、当初は高い能力を発揮した。
教会にとっては進路が決まったようなもので、アンナマリーに自分の意思などなかった。意思を持つだけの希望も持てなかったのだ。
優秀なサイキッカーの育成を目指す超能力研究機関の組織はとても人権に配慮したものではなかった。
孤児であると分かっている以上、厳しい訓練も薬物投与による強化も容赦がなかった。
誰も止めるものはいない、実験動物のような扱いであった。
成功すれば何者にも替えの利かない優秀なサイキッカーとなって世界を変える程の存在となりうるが、失敗すれば地獄のような日々が最期まで待っている。
何年も続く超能力研究機関での暮らし。アンナマリーは何を間違ってこんな状況になったのかもわからぬまま、この世界の片隅で毎日を苦しみながら生き続けた。
薬物投与による強化をしすぎたせいで精神的不安定な状態が続き、精神的苦痛に苛まれる中、精神科医である内藤医院院長、内藤房穂が診察に訪れた。
既にこの頃には精神的不安定な状態となり感情の制御が出来ないことから、協調性がないと周囲から判断され恐れられていた。それがあるだけに、異常行動に苛まれるたびに、アンナマリーは一人孤独に過ごす時間が増え、さらに心を閉ざしていった。
「酷い有様だ……これが組織のやり方か。可哀想に、ここまで薬物投与され心を壊されてしまっては、ここでは生きては行けんだろう」
通常叶わない人の願望を叶えるサイキッカーとして役に立つ素材ではなくなった”いずれ放棄される被検体”アンナマリー・モーリンを内藤房穂は保護、日本に連れて帰ることにした。
日本の医療機関を使い治療が進み、苦痛に苛まれることは少なくなったが、生きる理由が見つからず無感情に時を過ごすアンナマリー。その美しい外見とは裏腹に、広い内藤邸の一室でぼんやりと過ごす姿がよく見られた。
言われたままに従い食事を取り、いかなる治療にもなんの疑いもなく受ける。
そんな、自分の意思を持つことができず、自我の育たないまま心を閉ざしてしまったアンナマリー。家族の輪の中に入ることが上手に出来ず、その日も庭園の白い椅子に座り、孤独に佇んでいた。
アンナマリーはまだ咲き始めのマリーゴールドの花を見つめながら、偶然に奈月が内藤邸を訪れた日も変わらない日常を過ごしていたのだった。
「クラスメートだよね。ちょっと気になってたんだ。あたしは奈月、沢城奈月だよ。アンナマリー・モーリンさんだよね?」
暖かくなった春の季節、色とりどりに様々な花が咲き乱れる庭園で明るく声を掛けた奈月。互いに凛翔学園の二年生で同じクラス、物静かで綺麗なアンナマリーは生まれの国籍が違うこともありクラスで浮いていたが、奈月はその魅力に惹かれていた。出来れば仲良くなりたいと思っていた。
上品な衣装で優雅に過ごしているというわけではなかったが、美しい庭園で一人佇むアンナマリーは奈月から見ると魅力的だった。
そして、黄金色の艶やかな綺麗な髪は、マリーゴールドに似て見えた。
「あぁ……保健委員の女」
アンナマリーは顔は動かさず、目線だけを奈月に寄せてその姿に見覚えがあることに気付いた。
人混みが苦手で廊下で眩暈を起こしていたアンナマリー。それを看護して保健室まで連れて行ってくれたのが奈月だった。
「日本語話せるんだ……」
保健室に連れて行った時は会話という会話をしてくれなかった経緯があり、外見から欧米人であるにもかかわらず、自然な日本語で言葉を返したアンナマリーに奈月は驚いた。
「日本語はマザーが日本人だから知ってる」
「お母さんのことはマザーと呼ぶんだ……」
「おかしいの?」
「おかしいかもしれないけど、今のままでも個性があっていいかも」
愛想なく無表情に会話を進めるアンナマリーに対し、奈月は嬉しくなって頬が緩んだ。
「その花の事が気になるの? マリーゴールドの花が」
「マリーゴールドっていうのか」
「うん、綺麗な黄金色の花を咲かせる、夏の花だよ」
奈月は季節が移ろっていくのを想像しながら話した。
昼下がり、風が止んだ庭園での会話。それは、二人にとって大切な思い出の一つだった。
それから月日は流れ、アンナマリーが自身の持つ超能力を発揮してゴーストと戦っていることを奈月は知った。恐れを知らず勇者のようにゴーストに立ち向かう姿。
普段は物静かで静止しているイメージが強かっただけに、戦いの時になると身体を俊敏に稼働させている姿は活き活きとして見えた。
それは彼女自身がこれまでに持ち合せてしまった超能力を発揮して、ゴーストを退治することで、人々の役に立つことが出来ることが存在意義になり得るからこそ、心を解き放つことが出来たのだった。
奈月は普段は感情表現の乏しい、クラスでも浮いた存在であった薄幸の美少女に見えていたアンナマリーにさらに興味が湧いた。
それからゴーストとの戦闘中、思わぬ形で蓮に助けられ、アンナマリーを強引に連れて一緒に美術部員になったことで三人の関係が始まった。
積極的に蓮を巻き込んでアプローチする奈月の変わり者っぷりに影響され、徐々に心を開いていくアンナマリー。わがままでも、素っ気なくても感情を出してくれるだけで、声を掛けてくれるだけで奈月は自分の気持ちがやっと届いたのだと喜んだ。
だが、学園生活に慣れていってもアンナマリーはゴーストと一人戦うことをやめようとしなかった。
「うちに寄ってくるこいつらが悪いんだ。
こいつらは憎くて仕方ないんだよ、人間のことも、あたしのことも。理性の欠片もない、可哀想な奴だよ。
うちはこんなどうしようもない行き場のない怨霊に殺されるなんてゴメンだ。
それにこいつらの悲鳴を聞くと安心するんだよ。スカっとするんだよ。
だからやめたりはしねぇよ」
そう言葉にして人の忠告に耳を貸すことはなく、意志の固いアンナマリー。
そんなアンナマリーのために、奈月は蓮の助けを借り、アリスの神託を受けて魔法使いへと覚醒を果たした。こうしてアンナマリーを守るためコンビを組むことになった。
蓮は……許されない行為であると思いつつも、霊感を持った奈月が沙耶により近づいていく事を望んでしまった。




