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14少女漂流記  作者: shiori


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第十八章「太陽のような君と」3

 その頃、午前中は避難所の診察に追われていた玉姫と内藤医院院長が学園を出て、奈月を連れて車を出していた。


「すみません、どうしても今の間に庭園を見に行きたくて」


 日に日に寒さを増していく異常気象の中で、奈月は内藤医院近くにある内藤家私邸の庭園が気掛かりだった。


「構わんよ、避難生活が本格化すれば庭園の手入れも難しくなる」


 後部座席で感傷的に下を向く奈月の姿を院長はバックミラー越しに見た。

 アンナマリーとは正反対の性格に見えるのに、理想的に助け合う関係にある 奈月。話の分かる奈月の素直さと純真さに院長は信頼を置いていた。だから、庭園の出入りの自由も許していた。


「アンナマリーが心を開いたのは全て君のおかげだ、感謝している。これからも君は必要だ、無理はしないで欲しい、あの子はどこまで行っても自由奔放なじゃじゃ馬であることには変わりないからのぉ」


 医者として境遇の不憫さを思い、アンナマリーを引き取って親代わりをしてきた初老の内藤院長は奈月に感謝を伝えた。


「それでも、あたしはマリーちゃんを守ります。そのために、アリスの神託を受けたのですから」


 奈月の意思は固かった。心配する院長の言葉も届かない。この異常事態の中で繰り返される熾烈(しれつ)な戦いで、既に何度もアンナマリーの窮地をこの目にしてきた。奈月は後悔したくない、そのために迷いだけは拭い去ろうと躍起になっていたのだった。


 黙って二人の会話を聞く玉姫も”アリスの神託”と奈月が表現したことでチクリと心が痛んだ。魔法使いに覚醒する代償を奈月は自ら背負い込もうとしているように見えたのだ。


「それじゃあ、わしと玉姫は病院の様子を見てくる。帰るときは声を掛けてくれたまえ」


 内藤医院の駐車場に慣れた様子で白のハイエースバンを駐車すると、表情を硬くして院長はそう言うとすぐさま車を降りた。


「はい、行ってきます」


 明るく陽気に振舞う余裕はない、それでも病院の再開のために尽力しようと前に進む二人を奈月は見送った。


 今にも雨が降り出しそうなほどの鼠色の空の下、黒いワンピース姿の奈月は確かな目的を胸に一人歩く。


「この空は根暗で薄気味悪い格好して、それなのに風は強く吹くんだから……迷惑よね」


 (なび)く髪を押さえながら、影を落とす空に向かって愚痴を吐く。忙しくなっても決して手入れを欠かさない綺麗な白い肌もくすんでしまいそうな心地だった。

 奈月はこう見えて一人が苦手だった。一人になるとストレスが溜まってつい言いたくもない愚痴を付いてしまう。奈月はこうしてはいられないと内藤邸へと急いだ。


 内藤医院から徒歩三分ほどしか離れていない位置に広がる広大な土地を有する内藤邸。高級住宅街ではないこともあり、広い敷地を誇る豪邸は一際目立っている。

 この辺りも避難が進んでいるだけあり敷地の外も敷地内も閑散としている。

 庶民である奈月から見れば豪華絢爛(ごうかけんらん)な庭園に辿り着き、奈月はようやく一息ついた。


「寒さのせいね……大分花が痛んでる」


 夏休みの時に来た時と全く異なる花の香り、視界に映る庭園の花達は手入れの甲斐もなく、元気なくしぼんでいた。


 奈月はそのまま庭園の奥に入っていき、目当ての花の様子を確認するため歩をゆっくりと進める。茶色く枯れている紫陽花(あじさい)のすぐそば、そこに目当てのマリーゴールドのオレンジ色の花が枯れ死することなく力強く咲き誇っていた。


 安堵してほっと息を吐く奈月は花のそばに寄って膝をつくと愛おしく手を伸ばして、大きめな花弁を多数重ねるマリーゴールドに優しく触れた。


「まだ消えないで……あたしは一人にしたりしないから」


 奈月はアンナマリーの事を想いながら呟く。この肌寒さがさらに厳しくなり、季節外れの晩秋を迎えてしまえばこのマリーゴールドも枯れてしまう。そう思うと奈月は酷く胸が苦しくなった。


 奈月は夏の花であるマリーゴールドのことをマリーちゃんの花と呼んでいた。それは、かつてこの庭園で会った心を失くしていたアンナマリーが、じっとこの花を見つめていたからだった。

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