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14少女漂流記  作者: shiori


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第十八章「太陽のような君と」2

 正午を迎えると、凛翔学園体育館では望月麻里江(もちづきまりえ)望月千尋(もちづきちひろ)両姉妹による姉妹神楽(しまいかぐら)が執り行われようとしていた。


 神代神社(かみしろじんじゃ)恒例の神事となっている姉妹神楽しまいかぐら。本来その土地の氏神(うじがみ)様に奉納される神事として執り行われてきたものだが、今日は死者を弔うために披露される。


 頭一つ背の高い麻里江と巫女装束がフィットするほどに成長した千尋が横に並び神事を見守るただ一人の黒江の合図を待つ。ここは半人半霊(はんにんはんれい)である魔法使いの心得のあるものに限って事の顛末(てんまつ)を共有するのが安全であると黒江は判断した。


「先生……」


 湿った空気が漂い、体育館一面に真っ黒の遺体収容袋が置かれた息も詰まりそうな環境下で、たまらず麻里江は黒江に声を掛けた。


「そうね、始めてちょうだい。危険と判断したら声を掛けるわ」


 こんな”後始末”に気乗りするはずもない。だが、外で望月家の人々や学園長が無事を願い待ち続ける以上、始めないわけにはいかなかった。


「はい、よろしくお願いします。千尋、準備はいいわね?」

「はい、お姉様。覚悟は出来ております」


 麻里江の声掛けにこれ以上ないほどの固い言葉で礼儀正しく千尋は返した。

 少し前までは幼かった千尋が麻里江と変わらないほどに、自分の立場をわきまえて行動している。それは、まだ高校一年生の少女が背負うにはあまりに酷なものに黒江は見えた。


 巫女装束に白足袋(しろたび)を履いた二人の巫女が壁に寄りかかる黒江から遺体の方に振り向く。


 この数日間によって失われた命、これがゴーストに化けて人を襲わないために、二人の姉妹神楽が静かに始まった。


 死者の魂を鎮めるため、鈴と扇を持って神妙な表情で姉妹が舞い踊る。

 自身も死者の魂に取り込まれないように、意志を強く持ち、ふわりふわりと死者に語り掛けるように舞を踊っていく。


(本当に……息が詰まりそうね)


 気の利いたBGMなどもなく緊張感に包まれる中、姉妹の舞を一人、静かに見つめる黒江。

 他の者には任せられない、これが自分の役目であると自覚すればするほど憂鬱感が黒江を支配していた。

 

 照明も消され、外から見えないように黒いカーテンで閉め切られた体育館に鈴の音と小さな足音だけが響く。

 これだけの死者がこの場に同室しているにもかかわらず、恐ろしいほどに人の気配を感じさせなかった。

 

 そして、舞を続けること数分、視界に遺体から浮上した光の玉がゆっくりと浮かび上がっていく。


 腐っていく死者の肉体から魂が昇り、二人の巫女の導きに従い、天に召されていく。哀しみを直視するのを躊躇うほどに膨大な数の魂が眼前に瞬く。

 

 照明が付いたかのような明るく美しいとさえ感じる、無数の球体が浮かび上がる幻想的な光景だ。

 現実とは思えない目を疑うような光景が続くが、二人の舞は浮かび上がった全ての魂が天に向かって消え去っていくまで続けられた。


「お疲れ様、もう、終わりにしましょう」


 黄泉の国に行くのを嫌い、現世に留まり続けようとしている魂もあったやもしれない。だが、二人の体力も尊重し、黒江は神事の終わりを二人に告げた。

 

 どれほどの時が経過したかはこの場にいる三人には正確には分からない、それほどに集中力の必要な神事だった。


 二人の舞が黒江の言葉と共に制止し、千尋は力尽きるようにその場に膝をついた。感受性が高くまだ少女である千尋には、死者の声を浴びるには負担が大きかったのだろう。玉のような汗を掻き、疲労の色が濃く見えた。


「お疲れ様、こんなことのために神事の修行に打ち込んできたわけではないのに、よく頑張ったわ」


 麻里江は優しく背中をさすり、本心を込めた言葉で千尋の頑張りを労った。


「姉さんもお疲れ様です。本来とは異なる目的ですが、これは私たちにしか務まらない神事であると悟りました」


 自分を守る為、神事をやり遂げるために相当の魔力を消耗することになった。それでも、二人は自分達の役目を全う出来たことに確かな意味を実感し、やり遂げたことに安堵したのだった。


 しかし、これがまた明日も続くかもしれない。そんなことを黒江は思うと、さらに心苦しくなった。

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