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14少女漂流記  作者: shiori


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第十八章「太陽のような君と」1

 ―――厄災三日目。


 長い夜が明け、朝を迎えた舞原市。今日もまた鼠色(ねずみいろ)の分厚い霧が空を覆いたなびいている。

 晴天が見られる希望は断たれた。それでもまだ夜よりは明るく、照明がなくても視界は開けている。

 そして市民が寝静まる中、大人たちの行動は静かに開始された。


 凛翔学園の体育館に置かれた多くの非常用物資がトラックに乗せられ、隣にある付属校へと運ばれていく。

 

 水や燃料や食糧に衣服やタオル、人が生きていく上で欠かせない数々の物資がトラックに乗せられては運ばれていった。

 

 そうして人知れず物資が運び出されると体育館は元の空っぽになり、次なる作業の準備が整いつつあった。


「無理もないが、相当に困り果てていたようだな」


 夕方に眠り、深夜から美術準備室に籠ってずっとローソクの明かりを付け、絵画を黙々と描いていた蓮が窓から体育館の外の様子を見下ろす。

 大人たちの行いに慈悲はなく、蓮は前日に学園長から体育館が遺体安置所に切り替わる手筈を既に聞かされていた。こうして自治体を中心として作業が執り行われることも。だから、どのような状況に変わるのか一番に確認せずにはいられなかった。


 遺体搬送車では”運び出せる人数”が足りなかったのか、物資の降ろされた後にやって来たのは遺体搬送車でもバスでもなく、トラックだった。


 現実の恐ろしさを象徴するように遺体収容袋がマスクを着けた作業員らによって次々に降ろされ、体育館の中へと運ばれていく。それも乱暴に、中に入っているのが人間であることなど知らぬ存ぜぬという具合に、まるで物を扱うようだった。


 蓮以外に誰も見ていないからこそ平然としていられるが、これが異常な光景であることは疑いようがなかった。


「一度始まった死の連鎖は誰にも止められない……か」


 先程までキャンパスに向けていた筆を握る指先から力が抜けていく。それほどに受け入れたくない光景だった。


 蓮は考える、こうして多くの死者が発生している事態を目の当たりにして、これらがどれだけゴーストに変異する危険を秘めているのか。


 放置していればこの異常事態の中でさらなる混沌を招くことになるのは間違いないと蓮は思い、睡眠不足も重なって気分を害するのだった。



 時刻は昼食時(ちゅうしょくどき)を既に過ぎた後のことであった。


「現実逃避したままこんなところにいて、一緒に行かなくてよかったのかよ?」


 守代蓮が根城にしている美術準備室に堂々と居座るアンナマリーは、作画中の絵画に夢中になる蓮に向けて言った。その口調にも眼差しにも尊敬の念などはなく、蓮の行動は常に周りの影響を受けていないようにアンナマリーには見えた。

 奈月は玉姫や院長と共に内藤医院の再開に向けて午前中から出掛けてしまっていた。蓮がそれに同行して行かなかったことはアンナマリーから見て意外なことだった。


「こんな時だからやっておきたいことはある」


 溜め込んだ創作欲を発散するべく昨日の夜から始めている作業。一度描き始めると時間を忘れてしまうところが抜けない蓮。集中が途切れる事を蓮は嫌っていた。

 経験していないことが立て続けに起きている異変が異変なだけに創作意識が湧いて出てくる蓮。夢中になりすぎるのは身体に障るとアンナマリーは見ていた。


「先生は人の意見に耳を貸すような奴じゃないか……」


 アンナマリーはそう言い片足を座っている椅子に乗せ、リラックスした姿勢のまま描き足されていく絵画に目を向ける。羽の生えた少女の姿がキャンパス上に段々と形を帯びていくのがよく分かった。


「お前も自分の心配をした方がいい、この状況だ。生傷は時間が経てば治るが、精神的な負担はそう簡単に拭えるものではない。異常があればすぐに院長に言うんだ」


 精神的な負荷は無自覚なまま大きくなり、急に発症する。

 本人に自覚がないだけでストレスを感じているはずだと蓮はアンナマリーの身を案じていた。


「分かっているよ。いざという時、戦えないようでは生き残れないからな。

 やっぱり、こうしていて身体が鈍ると良くない。あいつと一戦してくるよ」


「片桐茜か……お前も厄介な性格だな」


 アンナマリーの持つゴーストへの敵意と茜の持つ揺るぎない正義感。

 恐れの感情に怯むことなく迷いなくゴーストに立ち向かうことの出来る二人は、似ていないようで似ている。


「先生ほどじゃないさ……それじゃあ、程々にして休みなよ。奈月からちゃんと食事と休憩を摂るよう見張っててくれって言伝頼まれてんだからさ」


 言いたいことを言い終えて、アンナマリーが素っ気なく美術準備室を出ていく。

 蓮は自分を真剣に心配してくれる生徒が二人もいてくれていることに感謝しつつ、さらに集中力を高め、再び一人きりの美術準備室で筆を持ち、キャンパスに向かって力を込めた。

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