第十七章「内藤医院奪還作戦」8
茜は魔法戦士として先輩らしく千尋の手を握り、迷いなく走って階段を上っていく。だが、階段にまで集まった屍人が二人に立ち塞がった。
「突破するしかなさそうですね」
同時に足を止めて呟く千尋。茜は掴んでいた手を離して戦闘態勢に入ろうと魔力を行使することに意識を集中させた。
「千尋、一気に行くわよ。問題ない?」
先輩らしく千尋の意思を確かめる茜。それは可憐と共に培ってきた関係があったからこそ自信を持てる、自然なやり取りだった。
「もちろんです、姉さんにもできるなら、千尋だってやって見せますっ!」
歳も近く仲のいい麻里江と千尋、姉妹神楽で協力して踊るほど互いを知る二人だからこそ、千尋は自分にも同じことが出来ると自分に言い聞かせていた。
「さて、大人しく成仏してもらいますよっ!」
体格は小さくても、それに負けない意思の力で千尋は魔力を発現させると、狐の面を被り顔を隠した。
茜はまだ千尋の戦闘スタイルを知らなかったため、横から不思議な光景を見るように一連の動きを見ていた。
千尋は訓練相手である麻里江にしかまだ自分の戦闘スタイルを見せていなかった。そのことがあり、ゴーストとの戦闘において初陣である千尋の行動は茜にとっても驚くものだった。
「あっ……茜先輩は千尋のことはお気になさらず、左側を殲滅してくださいっ!」
千尋は茜からの視線を感じ、お面を被ったまま籠った声で話しかけた。
それを聞いて茜はサポートするつもりだったが千尋のことを信じ、不可視の剣を呼び出して屍人へと先に飛び込んでいった。
堂々とした太刀筋で振りかぶり、手馴れた動作で屍人を難なく撃破する茜の美しい動作に千尋の胸が高鳴った。
茜に続く形でさっと素早い動きで屍人の懐に千尋は急接近すると、懐から取り出した護符を手にすると、さっと手を伸ばして屍人の顔面にそれを貼り付けた。すると、すぐさま効果は発動し、屍人は動きを止めてそのまま後ろに倒れていった。
「ビックリした……千尋の戦い方って独特ね」
二人協力して一瞬に進路を確保すると茜は千尋の戦術に感心して話しかけた。
「派手なことは出来ないので、護符に魔力を込めて効果を発揮できるようにしています。まだ念動力に慣れていないので、直接貼り付けに行く必要がありますが、これなら武器の鍛錬も必要ありませんので」
人には向き不向きがあるが、千尋は千尋なりに自分の素養に即した戦闘方法を確立したのだと茜は思った。
千尋の戦闘方法について知ることが出来たところで二人はさらに先へと進み、アンナマリーが先に向かった六階へと辿り着いた。
「もう、随分派手にやっているようですね」
開かれた扉の奥から煙が出ているのを確認すると千尋は緊張しながらも口を開いた。
「火災が発生するような戦闘になってるなんて、普通は考えられないんだけど。千尋の言う通り、派手にやってるようね」
茜はアンナマリーに炎を巻き起こすような戦闘は出来なかったと思い出して、これが敵による攻撃であるなら、警戒しなければならないと考えた。
立ち止まってしまった二人が救出に向かうため部屋へと向かって駆け出すと、唐突にアンナマリーが吹き飛ばされたのか、部屋の外にある壁に激突した。
勢いよく壁にぶつかったアンナマリーは苦し気な表情を浮かべ、そのまま横向きに倒れてしまった。
意識はまだありなんとか懸命に立ち上がろうとするが、身体が付いていかず、立ち上がることさえできない様子だった。
「加減をしている場合じゃなさそうね……」
アンナマリーがこれほど苦戦している状況を見ると、とても簡単に倒せる相手ではないと茜は察した。
強敵の気配を強く感じ取った茜が先頭に立ち、部屋へと割って入っていった。
炎に包まれている狭い室内、高い気温と熱気がじりじりと肌を焼いてくる。
徐々に酸素が薄くなり、身体を刺激する熱さも長時間は耐えられそうになかった。
視界が明るい火の粉に包まれる中、茜は目を凝らし、中央に立つヴァンパイアの変わり果てた姿を捉えた。
「気を付けなさい……奴は完全に正気を失っているわ」
痛々しくもアンナマリーが苦しみながら部屋の外から懸命に声を張り上げる。
警告した通り、自らを狂気に飲み込み、牙を生やした口をだらしなく開いてトランス状態に陥っているヴァンパイアのゴースト。知性は完全に失われ、本能のみ行動する危険な化け物と化していた。
「どんな相手でも逃げも隠れもしない。かかってきなさい!!」
茜が威勢よく気合を入れて声を上げると、真っ赤な瞳を開かせ視界に茜を捉えると、獣のように獲物を狙って勢いよく襲い掛かって来た。




