第十七章「内藤医院奪還作戦」4
昼下がりの学園長室。テーブルには上等なクッキーが皿に盛られ、三人が座る前に置かれたコーヒーはすっかり冷め、湯気も失っていた。
会話を続ければ続けるほど、今後の行く末を左右するその重大さから自然と熱気が高まっていく。
「―――そういうことで、これからチームを編成して内藤医院奪還作戦を開始します。出来るだけ陽が落ちる前までには帰ってこようかと思います」
既に曇り空であるが、夜になると鬱蒼とした気分がさらに高まるほどに真っ暗になる。
余計な電気の利用は控えなければならない電力事情の中で、夜間に余分な行動を取るのは控えたい思惑があった。
元々は院長と玉姫の希望であったが、私の提案は二人に受け入れられた。
次に学園長は、想像していなかった予想外の提案を始めた。
「付属の方は既に避難場所として機能し始めているのは承知のことと思うが、この学園の体育館を遺体安置所として使いたいという希望が、関係者の方からあってな、これを受け入れようと思う。
今は避難生活用の物資が置かれているが、明日はそれを運んで受け入れを開始することになるだろう」
急な話だった。大きな地震まで発生し、この災害が始まってからどれだけの犠牲者が発生したのか想像していなかったが、遺体安置所が足りないというところまで来ているのは、考えていなかった。
「その方が、我々としても都合がいいと判断されたのですね」
まさかとは思ったが、あっさりと守代先生は学園長の話に納得しているようだ。
「稗田先生、驚くのも無理はないことだが、死者を我々の管理下に置くことはゴーストの発生を抑制するチャンスでもある。バラバラに犠牲者が市内各地に散らばってしまえば、それだけゴーストの発生は増加し、その対処に追われることになるだろう。
そうなればこの異変の原因となる存在の特定に費やす戦力も失い、残された人々も救えなくなってしまう。これは最悪の事態を回避するための判断だよ」
少数とはいえ、生徒達も暮らしている学園内に遺体安置所を設置するなど、想像を絶するものだったが、説明されれば納得する他なかった。
幽霊の多くは大人しく、人間に害を及ぼすほどの影響力を犯さないが、一定数、悪しきゴーストになって呪いをまき散らす危険分子になる。この非常時にそれを警戒するのは自然な対応と言える、
死者の魂を黄泉送りすることでゴーストの発生を抑制する。
それが出来る魔法使いは限られるが、可能である限りは取り組まなければならない懸案であった。
それから、学園長との話が終わり、黄泉送りのために神事に詳しい望月家の手を借りたいという話を受け、それを私は承諾した。
恐らく麻里江と千尋で姉妹神楽を執り行うことになるだろう。二人の負担は私には計り知れないが、他に妙案もなかった。
その後、学園長室を出て内藤医院奪還作戦のメンバーについても話し合い、内藤医院へと向かうのは、私の車の方は茜と雨音、千尋と運転手の私を含め四人となり、院長の車の方は玉姫とアンナマリーを乗せていく事が決まった。
学園に残るのは守代先生と奈月、それに黄泉送りのプログラムを仕切る麻里江となり、大規模な作戦の予感を抱かせた。
私は静枝にもどうしたいかを聞いたが、静枝は居住している屋敷の状況が心配とのことで、一度帰宅することになった。
それぞれの役割が決まり、あまり時間のない私たちは、支度を済ませると早速作戦を開始し、車に乗り込んで内藤医院へと向かった。




