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14少女漂流記  作者: shiori


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第十七章「内藤医院奪還作戦」3

「しかし……前回のリリスにしても、現状確認されているヴァンパイアとメフィストフェレスもいずれも共通して神話の存在である悪霊によるものに思えます。現代の死者がゴーストになったものが進化したものとは考えにくいのではないですか?」


「オカルトじみたことが引き起こされていると考えることになるのは承知だが、その読みは正しいだろうな。世に混沌をもたらそうと画策する召喚者がいると考えるのが妥当だろう。より強力なゴーストを召喚して街の人々を襲う。まるで……これを対処するために乗り出す魔法使いを誘っているようだ」


 推測に過ぎないが、私と守代先生の考えが正しいなら、とても恐ろしいことだ。それに、守代先生の言うように茜たち魔法使いを誘っているという見解は説得力はあるが、とても厄介であるがゆえに考えたくないことだった。


「思った通り、お二人とも既に事態の核心に迫られているようで頼もしい。

 《《アリスプロジェクトの賛同者ならではのご意見と言えますな》》」


 ここまで黙っていた学園長がようやく口を開いた。不吉な笑みすら浮かべるその表情は、私たち二人の会話をとても興味深く聞いていたことの証明だった。


「学園長はプロジェクトのことを御存じなのですか?」


 私は心の底から驚き、聞き返さずにはいられなかった。


「まぁ、私は霊感もなく研究者でもないが、計画(プロジェクト)の出資者ではあるからな。守代先生と交換した知識もあるが、計画(プロジェクト)については知っているよ。もちろん、君の旦那様である稗田博士のこともな」


 霊感がないにも関わらずゴーストや超能力者の存在を信じるというのはそれだけでも驚きに値する。

 私は驚きのあまり息を呑んだ。自然と会話の流れで警戒心が膨らんでいく。プロジェクト自体が国家機密で他国とも共同で行われている極秘プロジェクトだ。このような席で簡単に口に出来ることではない。

 そんな思考を読んだのか、学園長が続けて口を開いた。


「そう警戒するのも分かるが、ここは協力し合わなければ生き残るのも困難な状況にある。それは君が最も理解しているところだろう、稗田先生。誠に恐縮となりますがな、あなたと守代先生がこの場では頼りなのですよ」


 頭に血が上ってしまうのを、私は懸命に堪えた。

 私たちが協力したとしてもそう都合よく物事は上手くいかない、話しは分かるが楽観視は出来ないところだった。


 すると守代先生が私を(なだ)めようとソファーに座るよう勧めた。


「知らぬ存ぜぬもできるが、生きている以上、最善は尽くさねばらないだろう。こうなってしまったのは受け入れがたいが、生まれの不幸を呪うしかあるまい」


 守代先生は生まれ持った霊感によって今に至るわけではない、話しを聞いた私はそれを思い出した。


「先生は……元々、無関係だったのではないのですか?」


「そうだな……それは確かだが、俺にとっては沙耶との出会いが人生の本当の始まりだった。今更無関係ではいられないさ」


 ここで口にするにはあまりにもズルい言葉だった。

 守代先生とは少しだが酒の席で話しをしたことがあった。

 婚約者、今も眠り続ける清水沙耶のことを。

  

 私も守代先生も、この異変を生き抜き、元の世界を取り戻さなければ伴侶と再会することも叶わない窮地にある。そのことを突き付けられれば、私も協力せずにはいられない。これは、実に効果的な話しの持っていき方で守代先生に急所を突かれた形だった。


 私は夏休みにあって来たばかりの、忙しく研究者として働いている旦那のことを思い出し、仕方なくソファーの席に座った。


 学園長がそれを見て、カップにコーヒーを注ぐと、私が着いたソファーの前にあるテーブルに置いた。

 そのまま学園長は私の隣に座り、正面には守代先生が座った。

 こうして、結局のところテーブルを囲む形となった。


「誰しもが苦しい状況にある。二人に責任を押し付けたいわけではないことは、分かって欲しい」


 学園長の言葉を聞きながら私はカップの中で渦を巻く黒い液体を見つめた。

 自分の深淵にあるルーツにまで迫ろうとする会話、苦みのあるコーヒーに口を付け、私は心の中に浮かぶ嫌な想像を飲み込んだ。


「今更、自分の運命を呪っても仕方ないですが、最初から全部知っていらしたんですね」


 そう口にするのが今できる精一杯だった。

 秘密が秘密で無くなった瞬間、その物悲しさを私は嫌というほど味わった。


「私も最初は信じられんかったよ。この学園に生体ネットワークの研究を続ける権威である稗田博士の奥様が教員としていらっしゃることになるとは」


 個々の生体から直接収集するビッグデータがなければアリスプロジェクトは成立しない。

 今はまだ、臨床段階に過ぎないが、生体ネットワークが実用化されれば、その利便性から世界のほとんどが利用することになるだろう。

 そうなれば世界の行く末を決めるアリスシステムの精度は上がり、より世界の安寧が約束されていく流れが生まれる。


 それをプロジェクトスタッフは知っているから夢のような理想に期待しているのだ……夫の研究する生体ネットワークに。

 

「俺は沙耶を通じてアリスプロジェクトやゴーストと魔法使いとの関係を知った。そして今はアンナマリーと奈月、二人の魔法使いと一緒に行動している。アリスプロジェクトの理想にこそ興味があるわけではないが、無関係ではいられない」


 守代先生は……沙耶にどうしてももう一度会いたいのだろう。

 それは、直接言葉にされたわけではないが、痛いほどよく分かった。

 婚約者であるという清水沙耶、その馴れ初めから今に至る道のりは彼の人生そのものに強い影響を与えていったに違いない。


 私もまた、大切な凛音のこともあり、避けて通れないところまで辿り着いてしまっているようだ。


「お二人のことはよく分かりました。もう互いに探り合う必要はないでしょう。ですので、”これからの計画を話し合うとしましょう”」


 何も隠すものがなくなった私は遠くを見渡せるほどに思考が透き通っていく中、二人に告げた。

 私の確かな決意の色が見えたのだろう、二人は納得して力強く頷いた。

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