第十六章「震える街」4
「お二人とも、怪我はありませんか?」
茜は開口一番、二人の姿を見つけると声を掛けた。
「ええ、大丈夫よ、茜は無事なようね」
既に着替えを終えていた黒江だったが、地震の影響で朝食は台無しになり、部屋が荒れて散らかってしまっていることで朝からうんざりとした様子だった。
連日続く経験したことのないようなトラブルは精神的苦痛にもなっていた。
「とりあえず、学園に行きましょう。凛翔学園は緊急時の避難場所としても機能できるはずだから。やることは山ほどあるはずよ」
ようやく凛音と共にガラスなどの破片は掃除し終えたところだった。
これからまだ余震が発生する可能性もある、家の中にいること自体が危険であることも黒江は感じ取っていた。
「はい、先生……この試練を乗り越えないと、もっと多くの犠牲者が出てしまいます」
気を抜くと身体がまだ揺れているような感覚を覚える中、三人は被害を免れた白のセダンへと乗り込み、凛翔学園へと向かった。
「すみません……ブラウンまで乗せてもらって」
助手席には凛音が座り、後部座席に茜はブラウンと一緒に乗り込んだ。
茜の愛犬、ブラウンは大人しくしていたが、車内は狭いと感じるようで茜は二重で申し訳ない気持ちになった。
「まぁ……仕方ないわ。このまま学園で避難生活を送ることになるかもしれないから。今はその覚悟の方が大切よ」
先程の地震の影響で黒江は電気、水道、ガスが揃ってストップしているのを確認していた。
帰って来たとしても日常生活を続けることは出来ないと認識していた。
「必要そうなものをトランクに詰め込んでたら一杯になっちゃった。茜先輩、必要なものがあったら言ってくださいね?」
避難すると想定した以上、必要なものをリストアップすればキリがない。
着替えや洗面道具から非常食に至るまで、凛音は黒江と相談して車に詰めていたが、すぐにキャパオーバーとなって諦めるものが出てきたほどだった。
「はい……あたしが使うものはここに置いてるから。一番の懸念はブラウンのお世話をどうするかですかね……」
自分はおろか、ブラウンもまだ朝食を摂らずに来た。
いつ終わるかも分からないこの異変の中、満足にブラウンの食料を確保できるか不透明で、不安材料はばかりが茜の中に募っていた。
「そうね……犬のお世話は協力してやりましょう。
少しはゆっくりしたいところだけど、学園に着いたらきっと慌ただしくなるでしょうから」
「うんうん、ペットも家族だからね」
凛音が狭い車内を耐えるブラウンを優しく助手席から撫でる。
茜はこんな非常時でも柔らかな表情を崩さず接してくれる凛音の思いやりに精神面でも助けられた。




