第十六章「震える街」3
―――厄災二日目、稗田家にて。
「凛音、ブラウンが散歩する時間を楽しみに待ってると思うから、行ってくるね」
翌朝、着替えを済ませ制服に身を包んだ茜が台所で朝食の準備をする凛音に声を掛けた。その様子は一見すると同じ屋根の下、生活を共にする家族のようであった。
電波障害は回復の見通しの経たないまま相変わらず続いていて、テレビも視聴できないが、凛音は変わらない朝を続けようとしていた。
「うん、茜先輩行ってらっしゃい。茜先輩、お母さんがしばらくここに泊まってくれていいって。だから、元気を出してくださいね」
凛音は両親を一度に亡くした茜の気持ちに寄り添い、優しく声を掛けた。
重大な出来事が一度に発生したことで、意図せず二人の絆は深まっていた。
「うん、突然押し掛けたのに親切に接してくれてありがとう。凛音は本当にいいお嫁さんになれそうだね。それじゃあ、行ってきます」
悲しい顔一つ見せず、すっきりとした表情でショットヘアーの髪を揺らしながら玄関から出ていく茜。凛音は一年先輩である茜の背中が見えなくなるとキュンと胸が締め付けられる感覚を覚えた。
朝七時前、いつも通りの歩く速度に戻った茜は隣の家に犬小屋ごと愛犬のブラウンが移されているのを発見した。
「ブラウン、ごめんよ。もう置いて行ったりしない。あたしがちゃんと面倒見るからね」
酷く気が動転していた昨日の夜の事を反省していた茜は、ブラウンの大きな身体を優しく抱き締めた。
ギュッと身体を抱きつかれたブラウンは”キュンキュン”と鳴き声を上げ、尻尾を振って飼い主との愛情を噛み締めた。
茜はブラウンとの変らない愛情を確かめると、早起きしていたおばさんに挨拶に向かった。
「そう……少し気持ちの整理が付いたのならよかったわ。
二人は警察の人に任せて搬送して頂いたから、着替えや貴重品は持って行ってあげるといいわ。茜ちゃん、強く生きるのよ。何かあったら頼ってくれていいから」
挨拶をする茜に親切に対応してくれるおばさんに感謝を伝えた茜は、自分の家に戻り着替えや貴重品、ブラウンのための食事などをリュックサックや袋に詰めると、そのままの足で散歩に向かった。
「何だか家出しちゃってるみたいだね……ブラウン」
茜は心細さを紛らそうとブラウンに話しかけた。
両親の声を二度と聞くことが出来ない事、当たり前だった日々が壊れていくこと、我慢しようとすればするほど、茜は胸が苦しくなった。
そんな茜の心情を知ってか知らずか、リードに繋がれたブラウンは今日も散歩が出来ることを嬉しそうにしていた。
大きな池のある公園から商店街へと歩くコースを歩いていると、突然地面が激しく揺れ始めた。
地震だった、それも昨日発生したものとは比較にならないほどの大きな地震だ。
「地震……大きい……早く先生のところに戻らないと!」
激しい揺れが収まると、ブラウンの身体から手を離して再び立ち上がった茜。公園にいるおかげで地震による直接的な被害はなかったが、危機感を感じた茜はこれからお世話になる稗田家まで急ぐことにした。
「さぁ、ブラウン、もうひと踏ん張り頑張ろう!」
茜は余計なことを考えることを止めて、小走りでブラウンを連れて稗田家へと駆け出した。




