第十六章「震える街」2
飲み干したお酒に緊張をほぐす効果があったおかげか、私のことを真っすぐ見つめる茜の視線を気にせず、真剣な話を出来そうだった。
本当はこんな時に話す内容ではないのかもしれないが、私は口を開いた。
「茜、心して聞いて。可憐を覚醒させたのは先生なの。
先生には可憐のような女性を半人半霊の魔法使いに変えて、ゴーストを相手にするのに適した身体に変換する力があるの。超能力を扱える人を超えた力、それは人類の進化した形とも言えるし、本来眠ってる可能性を覚醒させて呼び起こしたとも考えられるわね。
先生が所属していた組織では先生のような力を与えられる存在をアリスの代行者、又は魔女と呼んでいるの。それは覚醒を果たし超能力を自在に扱える人を魔法使いと呼ぶようになったからよ。
そもそも、先生はこの街に頻繁に出没するゴーストの調査にやって来たの。教師という立場で本来の任務を隠してね。
未確定情報の中にはゴーストを退治できる魔法使いの存在もあって、茜たちに出会えたのは私にとって都合がよかった。
それで、可憐は茜たちに強い影響を受けて魔法使いになりたがっていた。
あれだけ霊感が強まればゴーストからの影響も強くて危険な状態だった。茜たちのような身体になりたいと願うのは当然の願望ではあったのでしょうね。
でもね、茜たちを覚醒させたアリス、あれは先生が知っているアリスの模造品、つまりは偽物だった。
本物のアリスから代行者の力を受け取っている先生からすれば、偽りのアリスを放任することは出来なかったわ。
結果として先生は偽りのアリスを処分することになり、残された可憐を自分の力で覚醒させることにした。
先生が何もしなくても可憐が魔法使いに覚醒するという結果は変わらなかったのかもしれない。
でも……先生にとっては罪であることには変わらないわ。
可憐は先生を信じて魔法使いに覚醒を果たし、そして戦いの中で戦死してしまったのだから」
私は自分を許してはいけないと思ってる、許されてはならないと思っている。
可憐自らが望んだこととはいえ、可憐は魔法使いになるべきではなかった。ゴーストと戦う戦士にするべきではなかった。
可憐をゴーストの犠牲者にしてしまったことで、私は醜悪な魔女になってしまったのだ。
真面目な告白をしてしまったことで酔いが醒めて気分が悪くなってしまった。
私はどうしようもなく苦しくなって、ワイングラスにさらにワインを注いだ。
そんな私を見つめる茜は瞬きをして、口を開いた。
「先生がそれを罪だというなら、あたしも同じです。
雨音と麻里江をゴーストとの戦いに導いてしまったのはあたしです。
だから先生……あたし達は共犯者です」
私の言葉を正確に理解したのかは分からなかったが、茜の言葉に私のグラスを持つ手が止まった。
本気でそう考えているとすれば、不憫なのは茜の方だ。
「バカね……共犯者にしては、茜はもう大切な人を失いすぎているわよ……」
私はどうしようもないほどに悲しいという感覚を思い出した。
そして、その感覚に溺れてしまわないよう、グラスに注がれたワインを飲み干した。
”私は最も信頼されている、社会調査研究部の中心である茜に許してほしかったのかしら……自分の犯した罪を……”
ふと、凛音のパジャマを着た茜の姿に視線を落としたまま、私はそんなことを考えた。
*
「先生にあたし達以上の知識が備わってる理由は何となくわかりました。
でも疑問があります。アリスとは何なんですか?
あたしのようなごく普通の少女にまでゴーストに対抗する手段を与えるアリスとは、一体何なんですか?」
茜の疑問は至極真っ当なものだった。
私は説明を先延ばしにすることも、誤魔化すことも出来たが、思った以上に理解の早い茜を納得させるため、最低限の説明をすることにした。
「アリスはね、アリスプロジェクトから産まれたAIプログラムによって行動できる人工生物。不思議の国のアリスに似た器はホモンクルスのようなものと思ってもらえればいいわ。
《《アリスプロジェクトは神様の教科書を生み出す研究と実験だった》》。
独自の方法で情報を収集し、人類をあるべき方向に導いていく上位の存在。
そして、アリスはアリスプロジェクトから産まれた副産物、いや、真の目的と言ってもいい。
人類が過ちを二度と侵さないように助言と力をくれる存在、そして先生のような魔女はアリスによって力を与えられた存在なの。代行者といったところかしら。
もっぱら現在人類の背負ってる一番の危機はゴーストの存在だった。
その対処に駆り出されているのが魔法使い、特殊な能力を持ったサイキッカー。そして、彼らゴーストに対抗できる魔法使いを生み出すのが私のような魔女の役目ってことなの」
私は説明がまだ途中であったが、一区切りしたところで隣に座る茜の様子を窺った。すると目を閉じてスヤスヤと気持ちよさそうに眠り始めていた。
「あら……ちょっと難しい話しをし過ぎたかしら」
ソファーに座ったまま寝息を立て始めた茜はぐっすりと眠りについたのか、もう一度目を覚ましそうにはなかった。
私は優しくプランケットを茜に掛けると電気を消してベッドに入った。
闇が迫ってくるような、時計の針の音を異様に大きく感じる長い夜。
私は明日のためにも目を閉じて、安心したように眠る茜に元気が戻って来ることを願った。
こうして、先の見えない異変に巻き込まれた、長い最初の一日が終わった。




