第十五章「明けない夜」8
「茜ちゃん……大丈夫かい?」
瞳に力を失くした茜が呆然としながら玄関から出てきたところで隣に住むおじさんは再び話しかけた。
親子で近所付き合いを続けてきたこともあり、心配をするのは当然のことだった。
「雨音の家に行ってきます」
茜は淡々と相手の目を見ず告げると、言われた通りに従い、近所にある雨音が暮らす霧島家へと向かった。
通信機器が使えない以上、警察の到着が遅れているのは文句のつけようがなかった。
暗黒の世界に引きずり込むような、そんな悲劇の終わらない夜の中、一人夜道を歩きながら茜は考えていた。
変質者でもゴーストでも襲撃するなら自分のところに来いと。
自分以外の大切な人が傷つくのも、取り返しのつかないことになるのも、自分がいないところで被害に遭う人がいることも到底受け入れられるものではなかった。
「現実から目をそらすなって……そらしたくなるでしょ?」
悲しさを通り越して感情の途絶えた茜は、涙を流す気力もなく、誰に言うでもなく独り言をこぼした。
両親の死に顔を見た茜は無感情なまま霧島家まで出向き雨音に両親の死をそのまま話した。
茜の発する業務的な言葉に雨音はどれほど茜の心が傷つき壊れてしまっているのかをひしひしと感じ取った。
「雨音、また明日ね。先生のところに行ってくる」
雨音の言葉が耳に入らない茜は稗田先生に会いたいと思い、淡々と言葉を残すと、制止する声も遮って稗田家へと歩き始めた。
静かな住宅街を歩き、時の流れも忘れてただ自動化された機械のように歩を進め稗田家に辿り着いた茜。
目を伏せたまま、思考の止まった茜は玄関を出た凛音を目の前にした。
「先生、申し訳ございません。今日は泊めて頂けますか?」
茜は無感情にそう声を出していた。
「茜先輩……何があったんですか」
茜は凛音の声を聴いてようやく目の前にいるのが黒江ではないことに気が付いた。家の明かりを異様に眩しく感じ、顔を上げたくはなかったが、仕方なく茜は顔を上げて凛音の優しく心配そうにしている顔色を見て声を絞り出した。
「凛音……こんなことってあるのかな……。
可憐が死んだだけでショックだったのに、両親もいなくなるなんて」
抜け殻の人形のようになっている茜のあまりに異常な様子に驚いた凛音は急いで家の中に戻り、黒江の手を引いて、虚ろ眼をしている茜のいる玄関に戻った。




