第十五章「明けない夜」2
下の階まで降りてもこの惨劇を巻き起こした張本人となるゴーストが見つからず、玉姫は可憐と合流するため、上の階へと向かった。
「そろそろ戦闘を続けるのもキツクなってきたわね……。
彼女と合流したら一度撤退することも考えないと」
久しぶりの魔術行使に予想以上の疲労感を覚え、階段を上るのにも息が上がってしまうほどだった。
看護師を志し、社会調査研究部で茜たちとゴースト退治を始めた頃以上に人の死を身近に感じるようになったが、死に慣れたというわけではなく、その分だけ感傷に浸ることが増えただけだった。
楽観的に消費できなくなっていくフィクションの物語。
現実に起こった事件同様に、感情移入してしまい心労を覚える人間臭さを玉姫は大切なことだと受け止めてきた。
そして、可憐を捜す中、ついに玉姫は岩田栄治が入院している病室まで辿り着いた。
「そんな……そうだったの。あなたが岩田君の彼女だったのね……」
研修に来ていた玉姫は少ししか話し相手になれなかったが、岩田栄治のことを記憶していた。
明日退院できること……優しい彼女がいること……サッカー部に所属し、もう一度サッカーをしたい夢を持っていること……リハビリに真面目に取り組んでいること……。
断片的に記憶していた彼の情報が頭の中で鮮明に蘇ってくる。
「立花可憐さん……守りたかったのね、彼のことを」
玉姫は傷つけないよう大切に可憐の身体を起こした。
首筋に噛み跡がある以外はまだ綺麗な姿をしている。
だが、魂が抜かれた可憐を蘇らせることは玉姫には出来なかった。
「ごめんなさい、彼は一緒に連れていけないけど。
せめて、みんなのところに帰してあげるわね」
玉姫はグッと涙を堪え、可憐の身体を背中に背負った。
見た目にはスラっとした体格をしているが、玉姫は腕っぷしが強く、可憐の身体を軽々と背負うことが出来た。
「皮肉ね、丈夫な身体がこんなところで役に立つなんて。
でも、今はありがたく、この強い体に産んでくれた親に感謝するわ」
運動で目立つような成績を発揮したことはないが、喧嘩に関しては男子にも負けなかった玉姫の幼少期。
時に恐れられ、時に頼られた、そんな女性らしさと相反する玉姫の過去はコンプレックスであったが、歳を重ねると身体が丈夫であることが生きる上で随分重宝すると分かるようになり、感謝できるまでに成長した。
病室を出て、一歩一歩可憐を落とさぬよう着実にエレベーターへと向かう。
だが、ナースステーションの前にあるエレベーターの前に待ち受けていたのは、黒いマントを羽織った不審な風貌をした銀髪の男だった。
「ほぉ……また興味深いな。二度と目覚めぬ身体と分かって、それでも女の肉体が大切か?」
ギラリと白い牙を生やした歯を見せて愉快そうに笑う銀髪の男。
この病院で起こった惨劇にも触れることなく、平然としていた。
「人間の心を知らないあなたのような俗物には分からない事よ」
一目見た瞬間から目の前の男を新種のゴーストであると玉姫は確信した。
生気を感じない、強い死を意識させる恐ろしい瘴気。
感じる気配一つでこの男には近寄ってはならないと感じさせられた。
「我を心の知らない化け物であると? 命が惜しくないのか?
泣いて詫びて見せてはどうだ? 見逃してやってもよいぞ、魔法使いよ」
「どれだけの人を殺したと思ってるの?
化け物のくせに人の真似をして見せて、ゴーストなら大人しく成仏しなさい」
「何を言うかと思えば、我の吸血鬼の特性を人間に移植する臨床実験の最中だぞ。おかげで十分なサンプルが取れたがな。
これなら十分、この街を壊滅させるだけの効力を発揮することが出来る」
「ゾンビを量産させて人類を皆殺しするのが目的ってわけ? 本当にゴーストって言うのはどうしようもないわね」
言葉を交わしながら、睨み合う銀髪の男と玉姫。
医療従事者として命の尊さを大切にする玉姫にとって、許しがたい目的だった。
玉姫に焦りの色が浮かぶが、それを悟られないよう出来る限り時間を稼いだ。
それは、先程の病室で、窓の外に知り合いの姿を見掛けたからだった。
「それが元凶のゴースト? こんな奥に隠れているなんて随分用心深いのね」
この五階まで上って、金色の髪を靡かせながら現れたアンナマリー。
その右手には血の付いた鋭い刃が先端に付いた槍が握られていた。
既にここまでの階層で豹変した人々の相手をさせられ、アンナマリーはうんざりした心地だった。
「活きのいい魔法使いがさらに一人! よく出来たシナリオですね。
そうですか……あなた方はこの病院にゆかりがある。
そうなのでしょう?」
さらに興奮を高ぶらせる銀髪の男。大柄な上に鋭い歯を見せつけるその姿は、実に恐ろしいものだった。
「口が達者なのもいい加減にしなよ。
十秒で決着をつけてやるよっ!!」
男勝りな態度で切っ先を銀髪の男に向け、勢いよく飛び出していくアンナマリー。
一緒に付いてきた背後の蓮と可憐を背負った玉姫が見つめる中、風神の如きい瞬発力で新たな敵に迫ったアンナマリーは長身の身体に向かって槍の一閃を突き立てる。
しかし、身体を素早く器用に傾け、しなやかな動きで回避して見せる銀髪の男。動きが見えているのか、アンナマリーが放つ槍撃の応酬を次々にバックステップで躱していく。
「隙が見えましたよっ!」
一瞬の隙を付いてアンナマリーに向けて右手を開いて伸ばす銀髪の男。
そこには今まで見せなかった真っ赤な目玉が見開いており、そこから燃え盛る炎を吐き出した。
不意を突くように迫る炎をアンナマリーは顔を庇うように片腕で受け止める。
「くううぅぅ!!」
火傷覚悟で精一杯の動きで炎を受け止めたアンナマリーは痛みをグッと堪えながら声を吐き出すと、無理をせず後方に下がった。
「こっちもだ。隙が見えているよ」
体の向きから視線までアンナマリーに意識を取られていた銀髪の男を蓮は冷静沈着に素早く引き抜いた拳銃の射線上に捉えていた。
片手に握った拳銃の引き金を引き、銀色の弾丸を撃ち放つ。
咄嗟の回避で急所を直撃とはいかないまでも、銀髪の男の横腹に命中した蓮の放った弾丸はゴーストが苦手とする強力な魔力を帯びている。
身体の内側にめり込みながら広がっていく魔銃による一撃の効果は十分で、銀髪の男は痛みのあまり表情を曇らせて身体を仰け反らせた。
火傷による痛みは感じていたが必死に堪えて槍を仕舞い、今度はアンナマリーが姿勢を落としながら銃を構える。ところが、そこで銀髪の男は状況を不利と見たのか身体を透明にさせて瞬時に姿を消した。
「くっ……逃げられたか……」
ヴァンパイアのような銀髪の男が一瞬にして姿を消し、トドメを刺そうと構えていたアンナマリーは悔しがった。




