第十四章「滅びゆく世界の檻で」6
蓮にとってアンナマリーも奈月と同じく大事な存在だった。
同じ愛情を注ぐだけの想いがあった。
今できることの最善を尽くす、その証明として蓮は法定速度ギリギリで走行し、内藤医院に到着した。
避難誘導が続けられている内藤医院の入口。怪我をしている人はそのまま担架に乗せられ赤色灯の付いた救急車の中へと搬送され、サイレンを鳴らし受け入れ先の病院まで向かっている。
ゴーストの仕業と思われる混乱が既に始まったいるのを感じた三人は、迷いなく入口付近まで向かった。
「ご無事でしたか」
面識ある白衣を着た初老の男性の前に立った蓮は声を掛けた。
「守代先生……アンナマリーも、致し方ない。何も怪物どもに対抗できずこのざまだよ」
眼鏡を掛け直す仕草をしながら項垂れる白衣姿の男性。その声には悲壮感が漂っていた。
内藤医院の院長、内藤房穂は精神医学分野の権威で超能力研究機関で虐げられていたアンナマリーを引き取った張本人である。
彼は蓮とも面識があり、アンナマリーのような超能力者であるがゆえに精神疾患の症状に苦しむ患者と向き合う医学博士である。
「そんなのおっさんの仕事じゃないよ。大人しく怪我人の面倒でも診てあげなよ」
アンナマリーが後ろから駆け寄り素っ気なく声を掛ける。
感情の浮き沈みが激しく、コントロールの難しいアンナマリーだが、心の内では今の環境は自分のためにもなっていると受け入れている。
「マリーちゃん……そんな言い方しなくても」
内藤医院の院長がどれだけアンナマリーを大切に思っているかを知っているだけに、奈月は複雑な表情を浮かべて言った。
奈月もまたアンナマリーが人に感謝を伝えるのも、優しくするのも不器用でできないことを知っている。だから時に拒絶されても傍にいるようにしているのだった。
「まだ、中に人がいるのなら、ここからは私たちの出番です。
お心遣いは無用です。院長は十分に自分の仕事を全うなさっている」
蓮が仰々しく言葉を伝えると院長を肩の力を少し抜き、「かたじけない」と一言告げて病院へと道を譲った。
「これでいいのか?」
格好をつけて院長を安心させた蓮は隣でせわしなくキョロキョロしているアンナマリーに言った。
「対抗する力なんてないのに、無茶されたらこっちも迷惑だから、いいのよ」
蓮の質問に握りこぶしを作って答えるアンナマリー。その心の内側では院長が無事であったことに安堵する感情を秘めていた。
「奈月はここで待機していて。可能ならファイアウォールを展開して敵を外に出さないように頼むよ。中にはうちが行く」
瞳に強い闘志を宿したアンナマリーが奈月に告げた。
奈月は病院内が危険な状態にあることを察し反論しようとするが、それを蓮が制した。
「大丈夫だ、中の生存者の避難誘導のために私も同行する。奈月はここで院長と共に対応に当たってくれ」
「は、はい……」
蓮の真剣な眼差しに威圧され、奈月は大人しく従った。
それぞれの役割を決定した三人。蓮とアンナマリーは戦場となっている病院内へと向かった。




