第十四章「滅びゆく世界の檻で」4
「私は立花可憐です。恐らく看護師さんと同じ超能力者です」
緊張してしまい返答が遅れる可憐だったが、この階に限っては一時的に危機が去ったと判断して相手の素性を確認することに意識を向けた。
「そう、勇敢だったわ、私一人では対処の難しい場面でした。医療従事者としてこの場の安全を確保してくれたこと感謝します。助かりましたよ。
それに……懐かしいですね、私はその制服を去年まで着ていたのですよ」
女性は懐かしむように優しく微笑んだ。その柔らかな眼差しが宝石のように輝きを帯びると可憐の中で思い当たる人物の名が頭に浮かんだ。
「去年まで凛翔学園に通っていたと言いましたか?
それじゃあ、もしかして社会調査研究部に所属していた卒業生の内藤玉姫さんですか?」
「ふふふっ……よく分かったわね。
私が去年まで部長をしていた内藤玉姫で間違いないわ」
「そうですか……やっぱりそうだったんですね。
想像していたより凛々しくてカッコいいです! さすが茜先輩達の尊敬する人ですねっ!」
可憐は以前から雨音の前に部長を務めていた内藤玉姫のことを聞いていただけにこんな機会に病院で出会うことが出来たことに大きな感動を覚えた。
可憐は玉姫についてのエピソードをよく覚えていた。
印象や思い出について聞いていた中に、握力が50Kgを超えていることや腕相撲では誰も勝てなかったなどの武勇伝を聞かされていた。それが超能力などを使っていない時の腕力であることから可憐は衝撃を受けていた。
だから可憐はその容姿についてもっと体格の大きなゴリラのような力強さを持った女性を想像していた。
それが蓋を開けてみれば、大人びた美貌と自分よりも優れたスタイルの良さを持ち合せていて、女性的な声の柔らかさも兼ね備えている。
看護師というところもポイントが高く、精神面でも頼りになる存在というイメージを持った。
「そんなに尊敬されるようなことはしてないけどね。
でも、正義の味方として真っすぐに三人が成長してくれたことに関しては一役買ってしまったかもしれないわ。
本当に驚きだわ、茜から後輩が出来たことは前に聞かされていたけどこんな形で出会うことになるなんてね。唐突にもほどがあるわね……」
想定していなかった形で出会いを果たした二人。だが、今も病院中に警報が鳴り響いており、いつ鳴りやむのか分からない状況だった。
「私は看護学校に在籍していて、内藤医院に来たのは一時的な研修のためなの。親戚が経営している病院だから選んだのに、とんだ災難だわ」
現に凛翔学園を卒業後、看護学校に通う内藤玉姫は家を出て同じ街に暮らしながらも今は一人暮らしをしている。院長の暮らす病院すぐそばにある豪邸とはまた別に生活の拠点を置いているのだった。
「そうだったんですね……それでも、大先輩が一緒にいてくれるのは心強いです」
可憐は一人で病院の危機を救わなければならないと覚悟して臨んでいただけに、玉姫の存在は精神的にも戦況的にも大きかった。
「本当は魔法戦士なんて、一人もいない方がよかったのかもしれないけどね」
「えっ?」
「気のせいよ、今の言葉は気にしないで、ただの愚痴だから」
新たな魔法戦士が生まれてしまったことへの哀しみが玉姫の言葉を呼んでいた。人とは違うということ、霊感が強いというだけで損をしていると感じるのが普通の感覚だと玉姫は心の中で思っている。
精神医学にも精通している玉姫にとって、アリスによって半人半霊へと覚醒した魔法使いは、精神疾患の症状に酷似する強い霊感を持っており、それは長生きしていく上で不都合な毒であると感じてならなかった。
正義を抱き、ゴーストと戦うがゆえに長生きするのが難しくなる、それを不幸と考える玉姫の心情は複雑なものだった。
可憐と玉姫は社会調査研究部の先輩後輩であり、同じ超能力者であることに親しみを持ちながら共闘をしていくことになり、原因となってる存在の考察に入った。
玉姫はここまでの戦闘で感じたことを可憐に告げることにした。
「多くの男性医師が吸血鬼のようにされていたわね。同じ医療従事者が悪意のあるものに利用されていることに私も心を痛めているけど、これには原因となる何らかの錯乱効果のある未知のウィルスを使った主犯がいるはずよ。
私はそれを新種のゴーストの仕業だと感じているわ。
それも随分用心深くて、なかなか表に姿を現さない厄介な相手よ」
可憐は先輩の言葉を感心しながら聞いた。
吸血鬼といえばドラキュラやヴァンパイアが思い浮かぶ。
いかなる敵が待ち受けているかは分からないが、リリスのような上位種のゴーストが再び牙を向いたなら、早々に退治する必要があると可憐は感じた。
二人は話し合い、まだこの屋内にターゲットがいると推測し、人々を避難誘導させながら主犯を探し出すことにした。
「それじゃあ、私は下に向かうから、立花さんは上の階に向かってちょうだい。
下の階の方が感染者は多かったから上にいる可能性は少ないけど、念のためよ、よろしくね」
可憐は迷わず頷いた。この病院は危険な状態にある。
主犯が用心深い敵だと推測を立てた以上、早々に外に避難してもらう必要性を可憐は感じた。
(栄治にも早く外に避難してもらおう……このまま戦場にいたままじゃ巻き込まれてしまう……)
可憐は一番に栄治の心配をした。そうした意味でも上の階に自分が向かうことに迷いは微塵もなかった。
「はい、それでは先輩、ご武運を」
「ええ、何かあればテレパシーで伝えて頂戴」
「了解です!」
最後に握手をして、可憐は下の階へと向かって階段を駆け下りて行く玉姫を見送ると、急いで救出するため栄治の下へと引き返した。




