第十四章「滅びゆく世界の檻で」3
下の階、つまりは四階に降りると、さらに深刻な状況になっていることを可憐は思い知らされた。
内藤医院の看護師には薄ピンク色の制服とネイビー色の制服とがある。
四階には既に血を流し倒れている看護師が何人もいて、そのいずれも首筋に嚙まれた跡が残っており、血を抜かれて絶命していた。
「なんて酷い……」
可憐が口元に手をやり、そう吐き捨てたくなるほどに、命まで奪われてしまっている光景は残酷の一言だった。
助けてくれる救世主のいない末路。そこから可憐は一心不乱に病室を回ったが、絶命している人以外は既に逃げた後なのか、見当たらなかった。
しかし、死んでいるのは被害者だけでなく、顔色の悪い紫がかった人もいて、そういった人たちは総じて牙のような鋭いが歯が出ていて、先程女性看護師を襲っていた人同様の症状を発症している様子が分かった。
「私のように戦える人がこの病院の中にいるようね。
でもこの様子だと……下の階が危ないかしら……。
急がないと!」
同じような症状を発症している人が未知のウィルスに犯されている一般人であるなら通常兵器も通用するのかもしれないと可憐は思った。
都合よく魔法使いがこの場に居合わせているよりもその方が可憐は可能性が高いのではと考えた。
とはいえ、拳銃で撃った後や刃物で切りつけたような傷跡もなく、それは可憐の憶測でしかなかった。
五階の安全は確認し、四階には避難誘導する必要のある生存者などは見つからず、そのまま三階へと可憐は降りることになった。
そこでは、さらに驚くべき光景が繰り広げられていた。
身長は170センチ近くあるだろうか、ロングヘアーをした黒髪の女性が次々に迫ってくるあの異常者達と戦っていた。
異常者の特徴は血を求めて口を開き鋭い牙を覗かせる、白衣姿の男性医師であることといい、これまでと一致していた。
両手を伸ばし掴みかかろうとする血走った眼をした男性に向けて、薄ピンク色のナースウェアを着たその女性は手を真っすぐに顔面へと素早く伸ばし、そのままほとんど触れることなく気絶させていく。
後頭部に手刀を食らわし、首の神経にダメージを与え、めまいや脳震盪を起こさせる芸当などは可憐も知識としてあったが、そうした格闘術とも見たところ違うと感じた。
(……触れることなく意識を奪ってる、脳に直接刺激を与えているようにも見えるけど、テレキネシスのようなものかしら)
しかしながら、いずれにしても超能力者であるには変わりないと可憐はその力を目の前に圧倒されながら思った。
興味深く見つめている内に背後の通路からも現れる言葉の通じない暴徒と化した男性医師が迫っていた。
可憐は戦う姿勢を取り、迫ってくる敵に向き直った。
「あっ……あなた」
容赦をするわけにはいかないと懐にあるスタンガンに手を伸ばすと同時、背後から可憐を心配してくれる勇敢な女性看護師の声が聞えた。
「……大丈夫です、私は魔法戦士ですからっ!」
目の前に意識を集中し、一撃で決めようと手にしたスタンガンを胸に突き立てる。敵が獲物を捕食しようと伸ばしてくる長い腕が可憐の身体を掴む前に勝負は決まった。
可憐の魔力を込めた電撃より、スタンガンはさらに威力を増幅させた凶器となっている。
そのまま感電して倒れ込んで動かなくなる男性医師。
これでは単純にスタンガンを使い自己防衛をしただけで魔法を使ったようには見えないが、効率を考えればスタンガンを用いた戦闘方法は威力があり、さらに魔力の消費も抑えられると、可憐は実践の中で培ってきていたのだった。
なんとか近くにいる敵を殲滅すると、可憐と黒髪の女性は見つめ合うこととなった。
改めてきめ細かな艶のある肌をした、自分よりも成熟した看護師の容姿を目の前にすると、可憐はその美しさに目を奪われた。
「あなた……強いのね。それに今、魔法戦士って」
戦闘の疲れはそれほどなかったが、緊張ですぐに声を発することが出せなかった可憐。
そんな可憐に向けて看護師の女性が先に声を掛けた。




