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90 少女の心変わりと迷走王子

両脇を屈強な騎士に拘束された状態で馬車に乗せられ辿り着いたのは、真っ暗な森。いや…ただの森ではない。暗闇の中に点々と小さな光が浮かび上がると同時に、ざわざわと肌を刺すような気配――魔物のそれ。


「王国騎士団の所有地よ。戦闘用に調教した魔獣を飼っているの」

鈴を振るような愛らしい声が説明する。


次いで馬車の扉が開き、アナベルは外に放り出された。地に手をついた己の頭上から、きゃらきゃらと愉しげな嗤い声が落ちてくる。ふわりとその手に何かが当たった。


「貴女のショール、返しておくわ」


どこかで聞いた声だ。しかし、思い出せない。こんな仕打ちをしてくる相手が、少なくとも友人ではないことは確かだが…。思案するアナベルをよそに、声は愉しそうにお喋りを続けた。


「私ったらバカよね。貴女を浮気と魔物解放容疑で断頭台に送れば、古参派と王妃派が大激突して内戦になると思ってたけど。それじゃ意味がなかったのよ。浮気した女の首だけすげ替えれば丸く収まるもの。王太子妃候補なんて、古参派には掃いて捨てるほどいるわ」


クスクスと闇に隠れて嗤いながら、声は続ける。


「だからね、貴女を断罪するのはやめたの。代わりに、ライオネル様に動いてもらうわ。ふふ…もうちょっとしたらね、血迷った王太子サマがここに来る。彼が古参派出身の貴女を逆恨みして魔獣たちのエサにしたら、さぞや憎悪を掻き立てると思わない?」


彼、さっきの茶番で大恥をかいたもの。動機もあるし、我ながら素敵な思いつきだわ!


キャッキャとはしゃぐ声に、アナベルは背筋が寒くなるのを感じた。


「なんて(おぞま)ましい…貴女、正気じゃないわ…!」


そんなことをすれば、国が…泥沼の内戦になる。なぜなら…


「ライオネル様の替えはきかないもの。傍系に適齢の男子もいないし!あのイカレた王女サマじゃ、さすがに使えないわ。つまり、唯一の王位継承者を断罪させるわけにはいかない。公爵令嬢アナベルを惨殺したのは『正しい』って言い張るしかない」


クツクツケタケタと嗤う少女は、心底愉しげだ。


「……狂ってる」


アナベルは震える声で呟いた。


◆◆◆


その少し前、夜会会場では。


「クソッ!どいつもこいつも俺が悪いと…()れ者どもめ!」


ブーメランな台詞を吐きながら、ライオネルが戻ってきたところだった。教育係や目付役から逃げ回るためにどれだけ歩かされたか。


ライオネルは知らない。ノエルがその目付役の一人を操り、自身を魔獣飼育場のある森に導こうとしていたことなど。


彼女の思惑とバカ王子は見事にすれ違っていた。



夜会会場では、つい今しがた妹がやらかしたところだった。


「バカ王女めが…」


見れば父の姿もない。おおよそ飲み過ぎて、厠にでも行ったのだろう。いつものパターンだと、そのまま寝室に直行だ。戻ってこない。


ということは…


妹の愚行他をフォローするのは、王太子たる自分の役目となる。


…絶対に嫌だった。


「腹痛でも装うか…」


いや、ダメだ。いつも即刻バレて説教コース突撃ではないか。バカ王子にもお粗末ながら一応学習能力はある。


ならどうする?


考えに考えて、名案が浮かんだ。


「アナベルに任せよう。アレは王太子妃ゆえ」


ついさっき一方的に婚約破棄を言いつけて撃沈した事実は忘れた。忘却――それは才能。


「アナベルを知らぬか」


ライオネルは、早速近くにいた侍従を捕まえた。


◆◆◆


国境地帯の荒野では、グワルフ軍が行軍を開始していた。

グワルフとペレアスの国境線は、荒野と森を隔てる切り立った崖である。闇に紛れて、グワルフ軍はその崖に梯子をかけ登り始めた。

まさか、こんな崖を登って攻めてこられるとは、ペレアスも想像だにしまい、と。


◆◆◆


アナベルが見つからない。

…この緊急時に、どこで遊んでいるのだ!

ライオネルの苛々は最高潮に達していた。そんな彼に朗報が。


「何?アナベルが学園に帰った?」


「ハハッ、確かにアナベル様を乗せた馬車が学園の方向に走り去ったのをこの目で確認いたしました!」


なんと言うことだろう。婚約者を放置して自分だけ先に帰るとは。職務怠慢だ!


「殿下…?」


「馬をもて!あの怠け者を連れ戻すのだ!」


バカ王子は、やることも凡人とは一味違う。


「アナベルを!怠け者を連れ戻すぞぉ!」


酒も入っていないのに、大声で叫びながらライオネルは、侍従が急いで連れてきた馬に飛び乗った。


◆◆◆


バカ王子が戻ってきたと思ったら、アナベル様の悪口を言ってどっかへ消えた。将来が不安でしかない王子だ。


「そういえば、戻ってこないな」


アナベル様が呼び出されてから、かれこれ三十分ほど経って、夜会はそろそろお開きになろうとしている。王子いなくなっちゃったし、王女はいつの間にか消えてるし、王サマも戻ってこない。


……いいの?ホスト役いないよ?


疑問に思っていると…


「サイラスさん!アナベル様を知らない?王宮のどこにもいらっしゃらないの!」

必死な形相な侍女さんがやってきて、私たちは顔を見合わせた。




アルとロイ、グレンさん、さらにアナベル様付だった護衛さん数名と手分けして、私たちはアナベル様捜索にのりだした。


「俺とサイラス、ロイは学園へ行ってみよう。他の奴は王都内を探してくれ!」


レオには、もう一度分身に王宮内を捜してもらうようお願いした。ステルス機能は、こういうとき便利だ。


「ハチ、影の中を!アル、ロイ、先に行くね!」


真っ黒なハチが、闇に溶けこむ。魔物のハチは影の中を走れるため、ショートカットが可能なのだ。

学園の女子寮で降りて、アナベル様の部屋を見たけど不在。念のため敷地内をぐるりと回ったけど、やはりいない。学園内の捜索が終わったところで、アルたちが追いついた。


「ないとは思うが…」

彼が見つめるのは、真っ黒な森の方角。

うん、私もそっち方向はないと思う。


「レオ、念のため見てきて?」


魔獣はエサ、とかこの前言ってたし。エサに聞いてみて、いないってわかったら私たちも王都捜索組にまわろう。でも、私たちの予想は悪い方向に外れてしまった。


◆◆◆


どれくらい時間が経ったろう。魔物の檻に囲まれた中心に、アナベルは魔封じの枷を嵌められ、縛られていた。


「貴女の狙いは何?」


問いかけに返事はない。どうやら、こんな場所でもかの少女は眠れるらしい。銀朱の頭がゆらゆらしている。


(早く、逃げ出さないと…)


ここで彼女の――ノエルの目論見通り魔獣の餌食になってしまったら、取り返しのつかないことになる。きつく縛られた縄を解こうともがくも、縛られていた所が痛むだけだ。貴族令嬢は普通、縄抜けの技術など身につけていない。


と、そこへ。


「クソッ!道に迷った!何なんだ、ここはっ!」


馬の蹄の音と当たり散らす声が近づいてきた。これは…


(殿下…!)


まずい。本当に来てしまった。チラと見れば、こっくりこっくりしていた銀朱の頭がゆらりと持ち上がって、こちらを向く。ゾッとするような残忍な笑みを浮かべて。


「ライオネル様!」


「…ん?ノエル?!どうしてここにノエルが?」


少女の呼びかけに呼応して、蹄の音が近づいてくる。


「助けて下さいライオネル様、私、アナベル様に呼び出されて、こんなところに。私を魔獣のエサになさる気なんだわ…!」


「………へ?」


涙声の訴えに対する王子サマの返事はどこかポカンとしていた。それもそのはず。事前に『操り人形』から吹きこまれるはずの『設定』は、当人に伝わっていないのだから。


「ノエル?魔獣とはどういうことだ??」


ライオネルには、暗闇に沈む檻がよく見えていなかった上、彼自身、不幸なことに魔物の気配というものを感じたことがなかった。そして、彼はものの見事に檻の一つに正面から激突した。

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