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74 男装女子の悩み事

いつ何時も優雅な品のよい微笑みを意識しましょう。知り合いでなくとも、目が合ったら、微笑みを返しましょう。

服装は、清潔さもちろんですが、日中の装いには、派手に主張する色やデザインは避けましょう。日焼けをしないためにも、日傘は必須です。また、奇抜な装いは避けましょう(時折、男装が流行しますが、()()()()()()()()()()()()()()()()()なので絶対に真似ぬこと)……



「ぐっふぅ!」


手に取った本――『好かれる女性になる百の方法』の一節を読んだ私は、胸を押さえて頽れた。


と…倒錯的、イタい、目に不快……


「どうした?」

呻き声が聞こえたのか、背後の書架からアルがひょこっと顔を出す。


「な…何でもないよ」


極太な矢が三本ほど心に突き刺さっただけで…。

私はヘロヘロと立ち上がった。



ここは、学園内の図書館。

私は、アルの従者――メイド服をやめて再び男装し、声も魔法で変えている――として、ここに来ている。


「しばらくここで過ごす。おまえも自由にしてていいぞ」

とはアルの言。


つまり、アルがここにいる間は好きに本を読んでいい、と言ってくれたのだ。


基本的に、紙と言えば羊皮紙で印刷技術もないこの世界では、本は全て手書き。大変貴重なものだ。それを制限時間内とはいえ、好きに読める。庶民の私には、それこそ一生縁のない機会だ。


(そうだ。時間は有限なんだ。今のうちに読めるだけ読んでおこう)


雑念は捨てよう。前世だって私は恋愛より仕事一筋な人間だったんだから。好きなことをして過ごしていれば、燻っているモヤモヤも忘れるだろう。


私は、テキトーに手にした本――『魔法薬と錬金の心得』を開いて難解な文を追いかけた。


◆◆◆


テキトーに選んだ本だったが、意外と面白かった。

特に前世のゲームでもお馴染みの『ポーション』のレシピには興奮したよ。今度作ってみよう。


例のごとく九番で、食堂に行くとロイを見つけた。


「よっ!九番か?」


「ああ」


彼の隣の席に腰かけ、美味しい賄いを堪能していると、


「なあ…、一般的な女性の考え方ついて聞きたいんだが」


…始まった。

ロイは私を見つけると決まってこの話題を振ってくるのだ。相手は言わずもがな、アナベル様だ。


「毎日花を…それも雑草同然の花を贈ってくる男は、やはり、その…気持ち悪いだろうか」


彼は来る日も来る日も学園内に咲く花――今は夏なので向日葵を摘んでくる――を、アナベル様の侍女に託している。庶民のロイが直接公爵令嬢に渡すことは彼らが許してくれないのだ。


「侍女さんは何か言ってくるの?」


「いや…何も言われない」


「なら大丈夫じゃない?アナベル様が不快だって言えば、もう贈るなって言うだろうし」


「…そうだよな」


今日の賄い美味しー。魚の煮込み柔らかっ!


「おまえなら…毎日花を贈ってくる男がいたらどう思う?」


「…人による」


好きな人からなら、素直に嬉しいよ。贈られた経験?ありませんよっ!悪かったな!


ちなみに、私が見ている限り、ロイの贈った向日葵はちゃんとアナベル様の寮の部屋に活けてあったし、脈ありとは言えないまでも嫌われてはいないっぽい。アナベル様が庶民の男の子相手に大人の対応をしている…とも言う。うん、ちっちゃいけどデザート付きの賄いサイコー!


「おまえは…そういう悩みはないのかよ」


ご飯を堪能していたら、ぶすくれたロイに恨みがましい目を向けられた。


「俺、男だし」


男が男とくっつく……ないわ。


私はコップの水を飲み干した。アナベル様やお嬢様とはまるで違う、優雅のゆの字もない『男』の仕草――


「中身は違うだろ」


ロイ、しつこい。人のことなんかどーでもいいじゃん?


「男装は、倒錯的でただただ痛々しく、目に不快…、なんだってよ?一般的には」


苛ついた私はロイを睨み返した。


「もう私は、取り返しのつかないレベルで『女の子』じゃないの!」


何故だろう。自分で言った癖に、その言葉が胸を抉った。


言葉にして痛感した。私はもう『異性から好きになってもらえる女』にはなれない…。

ここに来て、貴族令嬢をたくさん見てきた。みんなお淑やかで、仕草とかも綺麗で、女の子らしくて……


私なんか、逆立ちしたって敵いっこないんだよ。


「…すまない」


目を見開いてロイが何か言ってきたが、私はさっさと席を立った。


◆◆◆


食堂の前でばったりフリッツに出くわした。確か五番からの十番だったはずだが……


「ついさっきから、俺はオフィーリア様の下僕だぜ……」


ハアァ~~、と長いため息を吐くフリッツ。

曰く、お嬢様はお茶会直後にアルに直談判してフリッツを買い取ったのだとか。行動の速さに戦くばかりだ。


「まあ休憩だろ?ゆっくりしていけって」


ロイがいたよ、と私は食堂を示した。

恋の悩み相談にのってやってくれ。私より適任だ。


「それがそうもしてられないんだ。今日王都を発つからな」


低くボソリと呟くと、フリッツは改まった様子で私を見た。


「そこで頼みだ、サイラス。レオを貸してくれないか?……死ぬかもしれないから」


「は?!」


◆◆◆


事の発端は、昨夜オフィーリア様の部屋に雇用契約だと呼び出されたことに始まる。フリッツは説明した。


「ウェスト村?」


「北部の山岳地帯にある小村だな。そこで反乱が起きた可能性がある」


また反乱?マジで病んでるな、この国。


「北部の山岳地帯……ってアレか?二本の川に挟まれた穀倉地帯の?」


私の問いに肯くフリッツ。

曰く、その小村は、背後の穀倉地帯からの小麦の運搬業を生業としているらしい。二本の深い谷川に挟まれた穀倉地帯から北へ物資を運ぶには、小村のある山岳地帯を越えねばならない。他に北へ延びる道がないのだ。


「関税の記録読んで反乱の疑いがあるから見てきてって…マジで怖ぇわ、あの人」


それで護衛代わりにレオを貸して、という話になるんだね。

けど、どうしてわざわざフリッツを行かせるんだろう。現地の人――例えば穀倉地帯の領主と連絡取って調べるんじゃダメなのだろうか。


「オフィーリア様は、記録から反乱がこんなに長く続くなんて不自然だって言うんだ」


「長く?」


「かれこれ五年」


「長っ!」


いや領主何やってんの?放置してるのか?

物流の流れがストップしちゃ、大損じゃない?


「いや、領主側は鎮圧しようとはしてるんだ。けど、なかなか反乱軍側が手強いらしく…」


山岳地帯に籠もって抵抗しているとしたら…確かに攻めづらい。細い山道で戦うとなると、大軍で押す手段が取りにくいだろう。


ともあれ、私はレオを貸すことを快諾した。でも私は露ほども知らなかった。まさかこの小村での反乱が氷山の一角だということを。

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