56 気晴らし、のち受難
妹の所に蛾が送りこまれた。しかも、ニミュエ公爵令嬢とのお茶会の席にぶっこまれた。昆虫テロか。
テロリストはあの庶民、もといサイラスである。
使い魔だというが、ちょっと女性に送る使い魔の選択肢として間違っていると思う。だって蛾だぞ?ゴキブリと首位を争う嫌われ者だぞ?俺だって嫌い。
……。
……。
「悪意はないんだよなー……」
ブルーノの手許には、件の庶民からの例の使い魔が運んできた手紙がある――何気なしにやったコテコテ王道恋愛小説への具体的で熱烈すぎるお礼とブルーノ礼讃が便箋三枚に渡って書き連ねられた大長編な手紙……本に影響されたのか、若干ラブレターっぽい。相手が男でなければ普通に赤面するよ、コレ。
(えっと……コレ、返事書かなきゃダメ?)
一応四枚目は、水路のこととか真面目な内容だったし。
(どうしてこんな中途半端な手紙書いてくるよ!?ラブレターだけなら無視できたのにっ!)
ブルーノ、心の叫びである。
アイツ、マジで扱いに困る。善意しかないから余計に!
「ブルーノ様、よろしければ私が代筆しますが…?」
頭を抱えるブルーノを見かねたのか、従者が声をかけてきた。
「…当たり障りなく頼む」
「それはその…気を持たせつつ突き放すような…?」
「違う!四枚目だけ真面目に書いてって意味!残り三枚はしれっと流せ…!ヘンな誤解するなよ」
俺は間違っても男色じゃない。ブルーノはため息を吐いた。
帝国遊学時に雇ったできる部下だけど、たまにヘンな勘繰りするんだよなぁ…。
「僭越ながらブルーノ様、かなりお疲れのご様子。たまには気晴らしもようございます」
その従者が言った。
確かに夜会は悲惨だったし、ここ数日ハードでろくに休んでないしな。…昼寝したくなってきた。
「王都に疲労回復特製ドリンクのカフェができまして。身体を動かせばリフレッシュにもなるかと」
……女子か?
結局、勧められるがまま件のカフェ――『疲労回復元気モリモリ♪二十四時間働けますかドリンク・ファイト一発!カフェ』に来てしまった。大きな看板に五行半に渡る長ったらしい店名――最近、小説のタイトルとか店名を長い文にするのが流行っているのだ。
今話題の店ですよ!と、従者が言ってたからつい気になった。ブルーノは、ナウい店にめっぽう弱かった。
(やっぱ帰ろうかな…)
店は流行ってて混んでいた。………ムキムキマッチョメンで。普通に暑苦しい。
(けど流行の店はチェックしたい!)
繰り返すが、ブルーノは『流行』というワードにめっぽう弱かった。
「疲労回復元気モリモリ♪二十四時間働けますかドリンク下さい!」
そして無駄に勇気があった。
◆◆◆
ブルーノ様から手紙の返信が届いた。
さすが、仕事が早い。しかもまたプレゼントを下さった。手紙と一緒に届いた小さな包みをいそいそと開けると…
「わぁ…」
中身は男性用のシンプルなピアスと、小瓶に入った傷薬。「身体に気をつけて」と、ひと言メッセージ付き。ときめく。
ピアスは魔道具で、護身用らしい。魔石がアメジストみたいな透きとおった紫色で、シンプルな丸型であまり漢っぽくないデザインもいいね。とりあえずポケットに入れて、食堂へと続く廊下をルンルンと歩いていたのだが…
ドンッ
浮かれていたせいか、うっかりヒゲ教官とぶつかった。
「貴様ァ!」
「ギャッ」
虫の居所が悪かったのか、教官がキレた。
ルンルン気分が一転、地獄である。頭にトリプルアイスクリームを作られた。しかも…
「なっ!貴様魔道具を!」
ピアスが見つかり、問答無用で没収された。
ちょ…!それはっ!!
「フン…。これでも貴族の端くれか、売ればカネになるな」
教官は私から奪ったピアスを矯めつ眇めつする。売る、だって?これは大切な方からの…
「返せ!」
堂々と人のモノ盗って売る?ふざけんな!
つい、カッとなった私は教官に飛びかかり、
「がッ!」
腹を蹴られて、床を転がった。
くっ…不覚をとった…。
カツカツと靴音を鳴らして、教官が遠ざかる。私はただ動けないまま、拳を握り締めることしかできなかった。
◆◆◆
「おい、どうした?喧嘩か?」
部屋に帰るやドサッとベッドに倒れこんだ私に、身代わり君の一人がギョッとした。
「教官にピアス盗られて殴られた」
「あー…」
気の毒そうな顔をする身代わり君。頭をヨシヨシされた。
「大丈夫か?」
「絶対報復する」
「…大丈夫だな」
目ぇ怖えよ、と私の顔を見た身代わり君は引いた。
くっそぅ…あのヒゲ野郎覚えてろ…!
その日以降、校舎の片隅で執拗に格闘訓練する茶髪の男子生徒の姿が度々目撃されるようになったとかなんとか。
◆◆◆
疲労回復なんとか…なドリンクは、けっこう美味しかった。またあの庶民に自慢しよう。ドリンクで疲労回復したけどマッチョメンに揉まれてプラマイゼロなブルーノが、タウンハウスに帰ってくると…
「お兄様!王都で遊んでいらっしゃるほどお元気なら、この子に道を教えてあげてくださいまし!」
妹から件の庶民の使い魔を押しつけられた。
「ギッギッ!」
…蛾である。デカくて極彩色の。蛾特有のブラシ触角がピコピコ……鳥肌がたった。ブルーノは虫全般がダメな男であった。
「なんで俺が…」
「みんな忙しいって言うんですもの!」
だろうな。誰が好き好んでデカい蛾とデートしたいと思うだろうか。俺もヤダ。無理。
「モルゲンのためですわ」
妹曰く、騎士学校に息子を取られた家に恩を売るチャンスらしい。
「夜会での失態を挽回するチャンスですわ」
…それを言われたら正直イタい。
酔っ払い介抱して終わったもんな。
「…わかった」
ブルーノは項垂れた。
視界の端に渦巻き模様がチラ見えた。
ゾワゾワゾワ~!無理ィ(泣)
ブルーノは天を仰いだ。
(な・ん・で!!蛾にしたんだサイラスー!!)
心の叫びは、当然、誰にも届くことはなかった。
◆◆◆
標的が消えたと思ったら、なんと王都、それも騎士学校とは意外と近くにいる。これは好機だ。
ウィリスの監視は続けているが、少し前に乗合馬車制を導入されて以来、潜入が難しくなってしまったのだ。なんとか数人が堀の内側――ウィリス村内部へ潜入したものの、肝心の紙作りの作業場は、兵士や化けキノコがウロウロしていて入れず、完成した紙の天日干しや検品作業しか見れなかった。徹底して製法を秘しているのだ。
「やはり、少年を手に入れるしかないようでねぇ…」
騎士学校は、宮廷魔術師が握っていたはずだ。早々に連絡を取ってあの少年を手中に…。アーロンは、付き従う男を振り返った。
「ネーザル、ヴァンサン殿を夜会にお招きする。準備を」
「ハハッ」
いつぞやの酔っ払い具合はどこへやら。シャキッと礼をして、忠実な腹心は無駄口も叩かず姿を消した。




