52 分身もできるようです
なんとか外部と……ダライアス辺りと連絡を取りたい。
クィンシー曰く、イントゥリーグ伯爵レナードとして家族に手紙を書くくらいなら許されているという。
「但し、検閲されるぞ?」
「実家からの支援物資は基本、教官が懐に入れるからね。金品は頼まない方がいいよ」
忠告してくれたのは、この前のポッチャリ彼もといネイサン。彼は鍛錬後、ちょくちょく部屋にやってくる。今ではほぼこの部屋のメンバーだ。一つだけ空いていたベッドは、彼の定位置になりつつある。
苦い顔からして、支援物資を盗られたのは実体験のようだ。
「なあ、ネイサン…イントゥリーグ伯爵令息がモルゲン男爵令嬢にラブレター送るのはアリ?」
試しに聞いてみた。
令息から令嬢へのラブレター…普通、だよね?ブルーノ様に出す手もあるけど、あの方は大変忙しい方だ。お嬢様の方がつかまえやすい。
「おまえ、モルゲン出身なのか?」
上から顔を出したクィンシーに「まあね」と答えて、本物の貴族令息ネイサン様に答を促した。
「モルゲン男爵令嬢……オフィーリア嬢かい?それはまあ……アリだけど、彼女は学園にいるだろうから、モルゲンに手紙は届かないぞ?」
「あー…そっか。いい年だもんなぁ…お嬢様も」
私より二歳年上のお嬢様は、今は十七歳におなりのはず。
ネイサン曰く、高位の貴族令息及び令嬢は、十二歳になると皆、騎士学校と隣り合うシャルロット魔法学園に入学するのだという。お嬢様の歳なら、中等部に在籍されているのか…
「…ん?じゃあ、お嬢様も魔力吸い取られて剣を振り回してるのか?!」
驚く私に、ネイサンは「そんな馬鹿な」、とため息を吐いた。
「なわけないでしょ。シャルロット魔法学園は、貴族の通う教養と魔法の鍛錬をする由緒正しき学園だよ。本来なら僕たちも、そっちへ行けるはずだったんだ。あ、ちなみに『シャルロット』て、この学園の創設者である王妃様の名前だよ」
騎士学校は、創設当初は貴族令息の中でも魔力がほとんどないか、もしくは剣術の方を極めたい者のための施設だったらしい。それが、戦争を繰り返すうちに今のように変質していったのだという。
「なんだ…。戦争で子息を使い潰したのか?」
クィンシーが茶々を入れる。
「さあ…。父上は、ヴァンサンって王妃様お気に入りの魔術師が数年前にここの学園長になって以来、ここは奴隷養成所になったって言ってたけどね」
「ふーん」
つまらなそうに相槌を打って、クィンシーが寝台に引っ込んだ。
「なあ、なんでネイサンはここに入ったんだ?」
そう言えばまだ聞いてなかったな、と私はネイサンを見た。だって彼は、ルリジュール子爵家の嫡男だそうだから。しかも、本物の。
「ウチは古参だからね。王妃様がお嫌いな、ね」
「今上になって久しいが、王妃は敵国の、しかもずいぶん身分の低い女だったからな。こっちでも古参……先王の代からの権力者たちからしたら、いわゆる『馬の骨』って奴なんだよ」
クィンシーの、心なしか苛立たしげな声が解説してくれた。
「つまり、王妃の権力使って敵対勢力から積極的に子息を引っこ抜いて戦争に行かせ、跡継ぎナシってことで家を潰す気なのか?」
「ご名答」
ま、それができるのも落ち目の伯爵家までが限度らしいぜ?と、クィンシーが付け加えた。前から思ってたけど、平民なのにやたら詳しいね。
「そ。流石に侯爵家以上には横暴は効かないってね」
と、笑うネイサン。
「横暴と言えば、仮にもお貴族様に剣の鍛錬させてることだろ?今は剣や槍を振り回す時代じゃない。この国の武器は魔法だっていうのにさ」
例え次男三男とはいえ、伯爵令息に剣を与えている時点で、王妃派は非難囂々さ。
そんなことをネイサンの傍らにいた身代わり君が喋って笑う。
「ああ。まったくだ」
同意するネイサンの声は笑い含みだが、少し平坦な気がした。それからも時折クィンシーを交えて、冗談交じりな会話をして。
「ところで、君のお国は?」
何気なく問いかけたネイサンは笑顔。しかし、上を見つめる眼差しには探るような色がある。
「あ?俺?馬丁の息子だよ。生まれも育ちもランスロット。しかも、坊ちゃんを見て育ってるからな。大抜擢されたのさ」
ニカッと笑ったクィンシーが、寝台からこちらを見下ろした。ネイサンは「ふうん?」とだけ言うと、サッと腰をあげた。
「またな、レナード。そろそろ戻るよ」
「ああ、おやすみ」
軽く手をあげて、部屋を出るネイサンを見送る。
モルゲンに手紙を出すのは、もう少し策を練ってからの方が良さそうだ。レナードとしてモルゲンに手紙を書くには、ダライアスに宛てるしかない。ぶっちゃけ私はイントゥリーグ伯爵がどうなっても構わないが、迂闊な事を書くとモルゲン、ひいてはウィリスに無用な火の粉が飛ぶ可能性がある。
多分…ダライアスも件の王妃様のお嫌いな『古参』だろうし、今思えばブルーノ様が敢えて帝国へ遊学したのって、たぶん騎士学校を避けたんだと思うし。
「はぁ~、伝書鳩とかいればいいのに」
ほら、ファンタジー小説だと、鳩とか鷹とかに手紙持たせて運ばせたりするじゃん?この世界にそういう便利な生き物なり魔物っていないのかな。ねえ、ティナ?
「お手紙?なら、レオが運べるよぉ」
いやいや、運べるは運べるかもしれないけど、レオって厨二フォースの影響か、翼長五メートル越えの巨大蛾怪獣だからさ(※元々のキラーシルクワームは一メートル弱)。さすがにそんなのが飛んできたら、モルゲンもウィリスも大パニックに陥ると思うんだ。
「小さくなれるって言ってるぅ~」
「へ?」
小さくなれる??
目をぱちくりさせる私のところへ、あの黒い靄が現れ…
「ギッギッ」
五十センチくらいに小さくなったレオが現れた。いや、ちっちゃくなっても君は美しいよ。手に乗るかい?
「ギギッ、ギッ」
おおっ…!手乗りモ〇ラだ。ずっしり重いけど、かわゆい…
「分身体でモルゲンまで行けるってぇ~」
ティナの通訳に目を見開く。分身体となっ?!
「レオ、分身飛ばせるの?!」
まんまモ〇ラやん。
素晴らしい…!!
しかも、擬態魔法が使えるから、誰かに誤って討伐される可能性も極めて低い。
ふおおっ!ウチの子って超優秀!!
「ご褒美あげるから!」
ハチミツとか。
「じゃ、とりあえず脱いで?」
上から聞こえた寝言は無視した。
早速手持ちの筆記用具でササッと短い手紙を書くと、小さく折り畳んで小袋に入れる。レオはそれを六本の足で器用に抱えた。
…ふむ。
でも、このままだと見た目は野生の魔物だ。ひと目見て使い魔だとわかるようにしたいけど…。ごそごそと懐を漁ると、目にも鮮やかな空色のリボンが出てきた。アルにもらったやつだ。
あ、閃いた。
「レオ、リボンつけていい?」
レオの首回りに合わせてリボンをカットし、蝶結びに結う。イメージは首輪である。首輪=誰かのペット、でしょう?
「よし!完璧!」
ウチの子、超絶かわいい。
レオの分身体は、心得たとばかりに私の手から飛び立つと、部屋の中をくるりと旋回して、鉄格子の隙間から夜空へと飛びたっていった。
◆◆◆
その頃。王都のモルゲン邸では、エントランスにブルーノが到着したところだった。すぐさまメイドと従者、そしてなんと妹までが揃って顔を出した。
「リア?どうしたんだい、学園は」
「お兄様、今日の夜会、エスコートをお願いします」
…やれやれ。旅の疲れを癒す時間もくれないらしい。
最近俺、働きすぎだと思うけどな。
「バッセル侯爵主催の夜会ですの」
「中立派か。それは出ないわけにはいかないな。支度を」
戦争の度に王妃派が勢いをつけるのを食い止めねば。そのための味方は多い方がいい。
「ベイリン男爵も招待されておりますわ。お気を引き締めて」
妹の囁きに無言でブルーノは頷いた。
「そう言えばお兄様、サイラスにまたヘンなプレゼントを差し上げたとか?」
…妹は特にサイラスのこととなると恐ろしく耳が早い。好きなのか?
「ヘンって…。アレでいいかなーと思ってさ」
本、それも小説は高価な娯楽品だ。庶民にはまず手が届かない。庶民にはちょっと高価ないい贈り物だと思う。
「アレでいいかなーって…」
しかし妹は顔を顰めてため息を吐いた。
どうやら不満があるらしい。まあ普通、男子の成人祝いに女子向けのコテコテの王道恋愛小説とか、常識的にあり得ない。妹の反応は普通だ。
「アイツも成人だろ?女の子の好みくらい知ってて損はないと思うよ」
なんとなく面倒くさい予感がしたブルーノは、とってつけた言い訳をしたが。本屋で見つけて軽~い気持ちで「買ってみよ」→「面白くないや」で、かの庶民に譲った、というのが真実である。
いーじゃん別に。本は貴重だ内容に文句言うな。
サイラスに慕われているが、本人はけっこうテキトーだったりする。そんないい加減な兄に妹は半眼で、
「お兄様、他人のことよりご自分のことを心配なさいませ!ご自分がまっったくモテないのに…」
長い説教を始めた。
面倒くさい。
だって貴族令嬢っていまいちお馬鹿だし。外国のことを話して自慢すると「つまんねー」って顔するもん。ちなみに妹は、コイツ可哀想って顔をする。少しはあの庶民を見習え。アイツはワクワク嬉しそうに目を輝かせて……喋ってて実に気分がいいぞ。ブルーノは心の中で言い訳した。
いまいち、サイラスとブルーノは噛み合っていなかったが、お互い幸せだからこれはこれでいいのかもしれない。
「まあ、そのうちね。それなりに考えてはいるよ」
うるさく言われたら、あの無駄に顔面偏差値の高い庶民を女装させて隣に立たせとこう。アイツ背も低いし、胸に詰め物すればきっとバレない。
ブルーノは何も知らずにそんなことを考えた。有能だけど、いい加減で察しが悪い男――それがブルーノ。
「それより、夜会でその庶民の話題を出してはいけないよ」
父から聞いた話だ。サイラスのことをコソコソ調べていたのは、イントゥリーグ伯爵だけではない。アーロン・フォン・ベイリンもまた、人を使ってサイラスの周囲を探らせていた。大方、植物紙の製法が狙いだ。あと、メドラウド公とのパイプも。あの庶民は、メドラウド公子息と仲がよいのだ。
「こちらのあら探しに精を出しているよ。リアも身辺には気をつけて」
「わかりましたわ。お兄様こそ、魔除けを忘れないで下さいましね」
そこまで話して兄妹は、それぞれが支度のために別々の部屋へ入っていった。
◆◆◆
騎士学校の私の元に、モルゲンから手紙の返事が届いたのは、なんとレオを送り出した三日後だった。
やっぱウチの子はできる子!
戻ってきたレオにご褒美にと魔力を与え、早速返信を広げた。
「親御さん、なんて?」
軽い調子でクィンシーが尋ねてきた。
「んー?まあ、向こうも元気そう」
適当に言葉を濁して誤魔化し、サッと火炎魔法で手紙を燃やした。ダライアスからの返信――指令は。
早々にここを抜け出し、王都に潜伏、情報を集めて報告せよ
まだしばらくは、村に帰れないらしい。




