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35 公爵令息の滞在

フリーデさんの事情を説明し、アルのお父さんを睨むティナをなだめすかし、私を女装させて奴隷オークションに乗り込んだことがバレたイライジャさんが魔王ヴィクターにしょっぴかれているのは放置して…。


ようやく私はアルのお父さんことノーマンさんと向き合った。


ちなみに、私の両脇にはヴィクターとアイザック、足元にはティナ、ノーマンさんは、横になぜか気まずそうな顔をしたアルを並べ、後ろには護衛のディルクさんを従えている。そして、フリーデさんがテーブルを独り占めして悠々とお茶を飲む。


……なに?

何なんだよ、この図は?

何が始まるんだよ?


あ、でもとりあえず。

「アル、借りたイヤリングを返すな。ありがとう」

左耳から借り受けたそれを外し、服の裾で拭いてからアルに手渡そうとして、


「いや、それはアルから君にあげたものだ。気にせず、持っておくといい」

ノーマンさんに止められた。


「…?大事なものじゃないんですか?」


尋ね返したけど、「魔除けだから」と言われる。

うーん…どっちかって言うと私みたいなド庶民より、公爵令息のアルの方が必要なんじゃない?いいの??


フリーデさんがニヤニヤしながら、口パクでこう言った。


「(その耳飾りは、君にこそ相応しい♡)」


だから彼氏じゃないよ?公爵令息ってば雲の上の人だからね?

…というか。じゃあ、何しに来たんだ?この人たち。


「改めて紹介しよう。息子のアルフレッドだ。仲良くしてくれるかな?」


「はあ…」


それだけ??


目を瞬く私の頭を、ワハハと豪快に笑って撫で回したノーマンさんは、そうだ!とポンと手を打った。


「せっかくの機会だ。アル、シーズンまでこの村で過ごしたらどうだ?世間を知るのもまた、勉強だ」

いいこと思いついた~、みたいなノリのノーマンさん。


「ああ、もちろんタダでとは言わない。礼はするし、護衛を…ディルクも共に置いていく故、遠慮なくこき使ってもらって構わない。なに、飛竜を使えばメドラウドとここは目と鼻の先。問題があれば言ってもらえば対応しよう」


予想外の提案に、アルも含め皆目を白黒させた。

唯一フリーデさんだけが…

「(いっやぁ~ん♡お・泊・ま・り♡なんてぇ…)」

とか言って茶化してくるけど。


「なぜそこまで、この辺鄙な村に執着なさる?」

当惑を露わに問いかけたヴィクターに、


「辺鄙な田舎村ではなくなるからだ」

ノーマンさんはまるで確信を持っているように言って、ニカッと意味あり気に笑って見せた。


そして。


ノーマンさんたちは、本当にアルとディルクさんを残してアルスィルへと帰っていった。飛竜に乗って。彼らが乗ってきた立派な馬車と馬は、太っ腹なことに丸ごと村にくれた。……お貴族様の価値観ってわからないわ。


でもせっかくだからと、もらった馬車をじっくり観察する。私が今まで見たことのある馬車は、ド庶民御用達の荷馬車(馬一頭で牽く屋根なし吹きさらしの、大雑把な造りのオンボロ二輪車)か、イライジャさんの幌付荷馬車、後はモルゲンの街中を走る乗合馬車(小型の屋根なし馬車で定員はせいぜい五人まで)、ダライアスの屋敷にあった二人乗りの箱馬車(お貴族様用)くらいだ。


……もらった馬車ってば、路面電車並にデカいぞ。もちろん屋根付きで、なんと車輪は金属製。お金がかかっている。


「長距離用だからな。中で眠れるようになっているんだ」


「うおっ!アル?!」


私の後ろからニュッと現れたアルは、「入ってみるか?」とぶっきらぼうに言って、手を腰に当てたまま肘を曲げるというヘンなポーズをとった。


……?

何??


「おい、」


頭に疑問符を浮かべていると、アルの眉間に皺が寄った。

え?だから何さ。


「え、エスコートだっ!」

顔を真っ赤にして叫ぶアル。


ああ!そういうことか!


「大丈夫!俺、ド庶民だし何より男だし、気ィ遣わなくって全っ然オーケーだぜ!」


あれ…?

アルが膝から頽れちゃった。

真実を言っただけなんだけどなぁ。


◆◆◆


馬車の内部はやはりというか、超豪華な内装だった。脚を伸ばして…というか寝そべれるよう絹のクッションが敷き詰めてあり、窓や壁には品のいい装飾文様。

応接室を馬車に突っ込んだ――要約するとそんな感じだった。


「おおっ!ちゃんとスプリングがきいてる!」


衝撃対策も万全だ。これは夜間の走行でもよ~く眠れますよォ、お客さん!


「ん?前と後ろの小部屋って何だ?」


「前には侍女が、後ろには護衛が乗ります」


アルの代わりに、彼についてきたディルクさんが説明してくれた。なるほど。ホント、至れり尽くせりな仕様だということがよくわかった。アルの実家のお貴族様度がパねぇわ


…というか、


ぶっちゃけウチよりこの馬車の方が住み心地いいんじゃね?


お客サマの二人は村で一番マシな造りの我が家にお泊まりいただくことになったのだが、この超絶豪華な馬車と比べると月とすっぽんどころか、月とゴキブリ並にレベルが違うんだけど。クッションだけでも部屋に運びこむか?


「いや…それでは父上の意に反するだろう」


「無理しなくていいぞ?」


鍛錬はしている、と胸を張るアルだけど、ド庶民と公爵令息サマだと、鍛える方向が違うと思うんだ。ウィリスはただでさえ寒いし、大丈夫だろうか。


◆◆◆


お泊まり初日は、アルとディルクさんに村の中を案内して終わった。オリエンテーションだね、言うなれば。


そして、夜。


「おまえ…なんでいるんだ?」


夜着だけでは寒いのか、上着を重ね着したアルがジト目で私を見ている。


「一応、男の部屋なんだが」


「いいじゃん。俺も男だし」


何言ってんのさ、お子様同士、間違いなんか起こるわけないでしょ。それに、


「お客サマを凍えさせるのもどうかと思うから。暖房かけに来たんだよ」


ディルクさんは大人だから大丈夫だとして、アルはまだ十三歳のお子様だ。アラサーのおねーさんとしては心配なわけよ、一応。

だから、お馴染みの空気を暖める魔法でアルの部屋を暖めに来たのだ。夜通し魔法を続けるわけにはいかないから、ある程度まで部屋が温まったら私も自室に戻るけど。エアコンのお休みタイマーみたいなものだよ。


「ほら、お子様は寝ろ~」


「おまえが言うなっ!」


おまえの方が年下だろ、とぼやくアルに構わず、魔法を使う。エアコンと違って、空気も乾燥しないから喉にも優しいよ~


「なんだ、寝ないのか?子供は夜更かししたらダメなんだぞ~」


「だからおまえが言うか?それ。俺はやることがあるから、おまえこそさっさと帰って寝ろ」


そう言いながらアルが取り出したのは、羊皮紙とペンのセット。スタイリッシュなことに、持ち運び用の木箱にワンセットにして納められているのだ。さすが公爵令息サマ。眉間に皺を寄せて、カリカリと羽根ペンを動かすアルの手許を、私は魔法を使いながらのぞきこんだ。


「なあ~、何書いてんの?」


「父上に手紙だ。遊んで過ごすわけにはいかないからな」


「なるほど。ディルクさんが届けるのか?」


「いや、鷹を使う」


ほほーう。

どうやら、伝書鳩ならぬ伝書鷹がいるらしい。アルに聞いたら、明朝飛ばすのだそうだ。ノーマンさん、息子にきっちりと宿題を出したわけか。ほほーう?


◆◆◆


アルスィル帝国、メドラウド領。


辺境の領主で皇帝の縁戚にあたるノーマン・マルス・メドラウドの元に、息子からの手紙が届けられた。執事から受け取った文筒の中には、丸めた羊皮紙が入っている。


「さて、何が書いてあるかな…」

ダライアスが存在を隠すような村だ。ただの田舎村ではあるまい。息子なら、さして警戒もされず、村の中を見れるだろうと期待してディルクと共に残してきたのだが。


「何を生業にしているかくらい、わかったか…」

手紙を開いたノーマンの目が驚きに見開かれた。



ノーマン・マルス・メドラウド公爵閣下


前略 ウィリス村ことメリクリウス商会と取引なさいませんか?商品は、植物を使った紙。製法は明かせませんが、交換条件によっては優先的にお売りする所存。ご検討のほどを。

          サイラス・ウィリス


追伸 息子にスパイ行為をさせるのは感心しないよ?交換条件とは…



………。


「ハッ……ハハハハハッ!!」


領主の執務室で天を仰いでノーマンは、

「あの娘もただの田舎娘ではないらしいな、」

と呟いた。


手から滑り落ちた手紙――羊皮紙には、息子の文字を隠すようにべったりと別の紙が貼られ、その上にサイラスからのメッセージが書き込まれていたのだ。文字も流麗とまでは言えないが、読みやすく書き慣れていることが窺える。


「なるほど…?馬鹿な貴族より、話が通じる相手かもしれんな」

ノーマンの独り言は、静かな朝の空気に溶けて消えた。


◆◆◆


ウィリス村。

鳥のさえずりの中、爽やかなかけ声が響く。アイザックの家の裏手で、ディルクさんの指導のもと、アルが剣の鍛錬をしているのだ。剣の扱いはなかなか様になっている。お遊びでやっているわけではなさそうだ。それに…


模擬剣でディルクさんに打ちかかっていくアルを見つめる。


「俺たちのと、やり方が違うな」

私の横で一緒に鍛錬を眺めていたダドリーが言った。


そう。剣の扱い方や身のこなしが私たちのそれとは違う。


「あれじゃキラービーとか躱せないぜ?」

と言うのはリチャード。


ちなみにキラービーとは、毒針が特徴の蜂の魔物。見た目はほぼスズメバチ。ただ、大きさが子ウサギほどもある。


「俺たちのって、逃げると躱すがメインだもんなぁ…」


キラービーに刺されたら、子供なんか冗談抜きで死ぬからね。魔物相手を想定した鍛錬って、足場が悪い森の中でいかに逃げるか、躱すか、受け身を取るか、の練習になるのだ。


「「「かっこいいなぁ…アレ」」」


つまり、そういうことだ。


私たちは鍛錬で、剣と剣で打ち合ったりしない。剣はあくまでも最終手段。魔法で仕留めきれなかった魔物が向かって…飛んできた時、斬り払うために使う。


鍛錬を終えたアルとディルクさんに、早速聞いてみると、やっぱり対人間の剣術とのこと。逆に、対魔物の鍛錬について話したらアルは、首を傾げて「何だそれ?」と言った。ディルクさんは知ってるっぽかったけどね。


「なあなあアル、俺にもその剣術教えてくれよ、」

そんなわけでアルに教えてくれと強請ったところ、アルは「はあ?!」と目を剥いた。おまえ女だろ?必要ないだろ?と、顔に書いてある。


「護身のためだって!」


ド庶民だからね。自分の身を守る術を身につけておきたい。王国兵のこともあったし、ここいらのスリは手荒だ。高価なイヤリングを身につけていると、ね?護身術は必要でしょ?


「おまえはどこを目指しているんだ?」


こないだドレス着てたよな?と、顔に新たな疑問符を浮かべるアル。…そのことは、とりあえず忘れようか。黒歴史だしね。



昼を過ぎた頃、ウィリス村に大きな鷹が手紙を持って舞い降りてきた。ディルクさんの腕にとまり、ガラス玉みたいな目をくりくり動かしている伝書鷹は、ベイリー君。文筒から取り出した手紙を広げたアルは、思わず「えっ?!」と声を上げて私を見て、もう一度手紙に目を落とし…それを三回くらい繰り返した。


「アル。ここはド田舎貧乏村だけど、みんな文字くらい読めるし、書けるぞ?」

若干の非難を込めて私はアルに忠告した。


エスコートとか言ってくるくせ、田舎の農民風情に文字なんか読めまい、と見下していたのだから。


ノーマンさんは、息子にこの村の内情を探るよう命じたようだ。昨夜アルがしたためていた手紙には、部外秘の植物紙のことや村の大人たちの話などが、事細かに書かれていたから。

やってくれるよ、もう。


情報漏洩、ダメ絶対!


紙作りの叩解までの工程をニマム村に移しておいてよかった。ウィリス村で全工程をやっていたら、こうして何気なく訪れた外部の人間に、秘密の製法が知られてしまうもんね。


「な……でも、この居留地、というのは…?」


戸惑うアルの肩越しに手紙をのぞきこんだ私は、フフッと微笑んだ。


「ん~?前向きに検討してくれたのかな~?」


実は、筆記用具市場をひっくり返す植物紙を優先的に売ることをちらつかせ、とある提案をしてみたのだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] サイラスしてやったりの回ですね。 味方のように見せかけて、裏では・・・・ したたかな情報戦を繰り広げる、 見た目は、お子様の男装少女が、 相手には、どう映ったのでしょうね。
2020/08/09 07:21 退会済み
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