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25 湖の契約者

残酷描写ありです<(_ _)>

森に、ウィリス村からニマム村へ繋がる道はない。街道があるから、森に道を通す必要がなかったからだ。


ヴィクターは、女子供たちを励まし励まし、道なき道を慎重に進んでいた。しかし、あまりにも悪路だ。進路を阻むように大木が倒れていたり、崖崩れが起きていたり…。おかげで障害にぶつかる度に迂回しているのだが、そのせいですっかり方向がわからなくなってしまった。ウィリス村の女たちも、ある程度は森を知っているものの、いつも通らないところとなると話が違う。未だ昼間なのがせめてもの救いだが、果たして日が落ちるまでに、ニマム村に辿り着けるのだろうか。


「止まりましょう。少し、休憩します」


ヴィクターの声かけに足を止める一行。その様子をヴィクターは焦りを滲ませた眼差しで眺めた。既に数時間は歩き続けている。そろそろ彼らの体力が心配になってきていた。


「水辺を…探してきます」


ヴィクター自身も疲労困憊だが、投げだすわけにはいかない。ニマム村には川が流れている。少なくとも、水辺を辿れば村まで行けるはずだ。ヴィクターがせせらぎの音を探そうと耳をそばだてた時。ふと、気配を感じて辺りを見回した。すると…


「こっち、こっちだよ」


深い森の中には不相応な幼女が、笑顔でヴィクターを手招きしていた。見た目は五歳くらい。栗色の髪をおさげにしていて、水色の大きな目をきらきらさせてヴィクターたちを見つめていた。


(なぜこんな森の中に幼い女の子が…?)


だが、幻覚でもないらしい。女の子が歩くと草や小枝を折る微かな音がするのだ。


(まさか…ニマム村が近いのですか…?)


そうかもしれない、とヴィクターは思うことにした。怖がらせないように、しゃがんで女の子と目線を合わせると、


「貴女はどこのおうちの子ですか?ニマム村ですか?」

と、問いかけた。


すると、女の子はもじもじとした様子で俯くと「え~とねぇ…」と迷ってから、


「秘密!」


無邪気にニパッと笑った。


◆◆◆


「で?」 


要求された通り、自分の血を湖に落とした私。

言うこと聞いたのになんで不服そうな顔するかな、この人は…。ぶすくれたまま女はなにも言わない。ちょっと…!


「アイザックに手を出すなって約束、果たしてくれるんだよな?」


念を押す私をジロリと見ると、女は渋々と言った体で口を開いた。


「その喋り方は気にくわん。改めろ」


ああ…男っぽい喋り方はダメなのか。


「じゃ、これでいい?アイザックに手を出さないって約束して?あ、た、し、と」

「あたし」のところを強調すると、渋々頷いたよこの人。よっぽど男が嫌いなのね。


「じゃ、()()()は貴女との約束を果たすから。そのためにちょっと森のキモ…ゲフゲフ、腐り花を配置換えするから。手を出さないでね?」


長らく男の子をやってきたからか、急に女の子にはなれないわ。めっちゃ違和感ある。

え?女子力低下にもっと危機感を持て?そうだね、肝に銘じるよもうっ!


ともあれ、『悪食の沼』の許可は取りつけた。


◆◆◆


村に戻った私は、ダドリーたちと合流した。


「遅かったな。大丈夫か?サイラス」


ダドリーはすべてのポイントにエサのワームを投げ込んできたようだ。今が秋でよかった。もう少し遅かったらワームが手に入らなかったからね。


「親父たちの方はバッチリだぜ!」

と、リチャード。私はニカッと笑った。


「じゃ、仕掛けて来るか。リチャード、」


「ほら、酒だ」


リチャードから酒瓶を受け取る。奴らへの差し入れだ。


「俺とリチャードは隠れてついて行く。やられるなよ?」

ダドリーに励まされて、私は力強く頷いた。


いざ!敵陣へ!


◆◆◆


友人二人が隠れたのを確認すると、私は王国兵の天幕の前に立った。見張りの兵に近寄って持ってきた酒を差し出した。


「兵隊さん、このお酒をあげるから森に入るのはやめて下さい。森の恵みを取られたら、僕たちは生活できないの」

憐れっぽく目を潤ませてそんなことを言う。


夕飯の準備でもしているのだろう。天幕の中から、肉の焼ける美味しそうな匂いが漂ってきた。あんにゃろー…肉の恨みは怖いからね!


見張りの兵は私と酒を見比べて、まず酒をひったくった。


「森の恵みとは何だ、ぼうず」


よしよし、食いついたな…。内心でほくそ笑んで、私は子供っぽい大きな声で、出鱈目な歌を歌った。


「森は~稀少な素材の宝庫ォ~~

森を大事にする者はぁ~

金貨~銀貨~ザックザクゥ~……」


いい感じに天幕周りに立つ見張りの兵の目線をひきつけられている。気を取られている君たちの後ろで、リチャードたちが獣寄せを撒いている。私は引き続き出鱈目な、但し奴らの気を引く単語で盛った歌を歌う。……よし、撒きおわったな。撤収~!


「わかったよ坊や、俺が上司に伝えておいてやろう」


歌い終わると、兵は猫撫で声でそんな嘘を吐いた。

あくまでも無邪気に信じたフリをして、「兵隊さん、ありがとう!」と手を振って天幕を後にする。アイツは気づかなかったろう、天幕の周りに獣寄せを撒かれたことに。まあ、これだけ食べ物の匂いが籠もっていれば、獣寄せなどなくても寄ってきそうだけどね。

今夜は奴らにとって最後の晩餐だ、せいぜい浮かれ騒ぐといいさ。


天幕から見えなくなる地点まで来ると、私は素早く近くの木に登って、先に登っていた友二人と合流した。葉陰から薄暗くなる天幕の周りを見渡せば、そこかしこに人の気配がある。すぐ隣の木にも。


そして、半刻も経たないうちに、ソレはやってきた。

鼻をクンクンさせながらやってきたのは、グラートン。一頭じゃない。十頭くらいはいる。それが一斉に天幕を目指して進み、一頭が無人の入口を潜って中に入って数秒後。


「あ゛ーーー!!!!」


天幕から凄まじい物音と悲鳴が聞こえた。そして慌てふためいて何人かが飛び出してきて、他のグラートンを見つけて、慌てて天幕に逃げ戻る。


「今だ!」


木の上に潜んでいた私たちは、天幕目がけて一斉に火球(ファイヤーボール)を飛ばした。そして火球を見た別の斑――森に潜んでいた村人が木を叩いて眠っていた鳥たちを一斉に飛び立たせた。森の方向に逃げた兵たちが鳥たちに驚いて、天幕の方へ逃げ戻ってくる。

その天幕は半ば燃え落ち、中の様子がよく見えるようになっていた。逃げ惑う情けない兵の姿もよく見える。


「酒飲んで寝てたんだろうな。たかが害獣ごときでパニックになってさ」

大したことないな、とダドリーが鼻で笑う。


グラートンって確かに大型魔獣で手強いけど、大人の狩人が数人で連携すれば難なく狩れるのだ。戦いに特化した兵士が倒せないはずがないんだ、本来なら。でも、こうして夜襲をかけてパニックにしてやれば、冷静に対処できるわけがない。300人もの大所帯が大パニック。大軍が裏目に出たね。


「けど、バラバラに逃げて森に入らないのか?アイツら」


リチャードが心配そうに言うが、それは心配ない。

森へ逃げた兵は、私が仕掛けた腐り花トラップにハマったと思う。森に入れないように帯状に群生を作ったし、暗闇でキモ花の蔓から逃れるのは難しいだろう。蛇足だが、グラートンたちは腐り花トラップのない側から獣寄せで誘導してお招きした。お腹いっぱいになったら、どこを通っても良し。腐り花に引っかかれば、人間様がいただくだけだ。


◆◆◆


ヴィクターたちは、女の子が笑いながら「こっちこっち」と手招きする方向に歩いていた。やはり地元の子供なのだろうか。今までが嘘のように歩きやすい。心なしかついてくる女子供たちもホッとしている様子が伝わってきて、ヴィクターは胸をなで下ろした。


そして半刻も歩かないうちに、


「ヴィクター先生!あれ!」


村人の女が指差した方向、木々の向こうに大きな水車が見えたのだ。気づいた者達が歓声を上げる。


「あら、さっきの女の子は…?」


「え?」


きょろきょろと辺りを見回すが、ほんの少しまでそこにいた小さな姿が消えている。


(……どこにも、いない?いや、そんなはずは…)


あの子が一瞬で視界から消えるほど遠くへ行けるなどあり得ない。皆、狐につつまれたような気分でしばらくの間森の中に立ちつくしていた。


◆◆◆


メイナードは死に物狂いで逃げていた。


まさか魔物が襲ってくるなんて。しかも見たこともないような大きさの凶暴な魔物。メイナードは、人間相手に戦ったことはあっても、魔物相手に戦ったことは数えるほどしかなかったのだ。あそこにいた自軍の大半がそうだった。戦場で人間を剣を交えた経験こそあれ、魔物とは小物としか相対したことがなかったのである。


何とか村を飛び出して、あの恐ろしい魔物からは逃げきれた。しかし、上司たるホレスとははぐれ、寝間着のままメイナードは道なき道を走っていた。いや、街道を逃げる選択肢もあったのだ。その方が安全で、街にも早く到着できるだろう。だが、メイナードは道なき道を進む決断をした。


なぜなら。


今回のウィリス村占拠は、ホレスの私利私欲のための勝手な行動だ。王国側は彼らに何も命じてはいない。だから、街道を進みダライアスに見つかりことが公になったが最後、准男爵メイナードの貴族生命は終わるだろう。何せ、ホレスがいなかったら、メイナードの爵位はダライアスより下なのだから。あの老獪なモルゲン領主が自分をタダで解放してくれるとはどうしても思えなかった。つまり、彼にも見つからずに逃げるしかないのだ。


だが。


なりふり構わず逃げるメイナードは、その選択が間違っていたことを思い知らされる。

道なき道を走っていたメイナードは、異様な気配に急に足を止めた。薄暗がりの向こうから何者かの呻くような声と、ざわざわと枝葉がこすれ合うような音が聞こえる。恐る恐る音の方へ近づいたメイナードは…


「ひっ!」


すぐ前の地面が大きく盛り上がり、パックリと口を開けて、共に逃げていた兵を十数人、生きたまま食べている。数メートルはあろう口には鋭い牙が鋸のように並び、暴れ喚く兵を喰らっている…


「あ…、ああ…、あ…」


ごりごりと骨肉を噛み砕く音が背筋を凍らせる。生臭い匂いが鼻を突く。


メイナードはガクガクと震え、脱兎の如く出鱈目な方向に駆けだした。しかし、口のバケモノはあちらでも、こちらでも口を開けて逃げてきた兵を喰らっている。


「う、うあぁぁ!!!」


叫び声をあげてメイナードは駆けだした。その後、メイナードを見た者はいない。


◆◆◆


一方のホレスは、命からがらモルゲンの街に辿り着いた。そして不貞不貞しくも、領主の館に宿を求めたのである。


「ゲイソン子爵…ですかな?」


「貴殿の目は節穴か。今すぐ私に最上級の客室を用意しろ」


応対に出たダライアスにもホレスは不遜な態度を崩さなかった。ダライアスは少し考えて、召使いに目配せした。途端に両脇を固められるホレス。


「最上級の客室、地下牢へご案内して差し上げろ」


自分より格下のダライアスの命令に、ホレスは目を剥いた。


「貴様っ!無礼ぞ!!私を誰だと思っておる!!」


怒りに顔を真っ赤にして怒鳴るホレスにダライアスは冷たい眼差しを向けた。


「私の知るホレス・フォン・ゲイソン殿は、いつでも服装はきっちりとした最上級の正装をお召しになり、礼儀をわきまえた振る舞いをなさる……貴族の(かがみ)とも言うべきお人だ。貴殿は…寝間着にスリッパ、礼儀を弁えたかのお方からはあまりにもかけ離れておる。そうは思われませぬか?」


ホレスは怒りと恥辱に震えながらも、咄嗟に言い返すことができなかった。そして、彼は願ったとおりの最上級の客室――地下牢へ放り込まれたのである。              

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