37:あなたが愛の女神だから
「……はあ、こいばな、ですか……」
「恋のお話だよっ」
「はあ、それくらいは、まあ、わかりますけれど……」
アルストにとって分からないのは、
その話をどうして自分に振ってくるのか、だった。
精神的には、見た目通りの多感な年頃なのか。
とにかく、イルディアはそわそわしていて、既に話を聴く態勢になっていた。
(そんな馬鹿な)
話し相手というからには、話し手はイルディアであって然るべき。では、ないのか。
アルストは困惑気味に眉を寄せた。
「男の子なんだからっ、初恋とかあったでしょ?」
「初恋に男女の区別はありませんが」
「いいじゃんっ、もう! 聞かせてよ。何あるでしょ?」
「はあ、初恋ですか……」
彼――アルスト・ヴァミングは、神官と呼ばれる職の男だ。
十の頃から学びを重ねて、主席として駆け抜け、
二十歳を迎える前に、高位神官の座を勝ち取った。
つまり、
将来の安定のために神官を目指した男に、
恋沙汰の花が咲く機会などあろうはずもなかった。
「あなたです」
アルストは静かな声で、そう答えた。
「え……ぼく?」
愛らしい声を返したイルディアは、意外そうに目を丸くした。
それもそのはず。
イルディアは、アルストの初恋の人が知りたかったのだ。
どんな人で、どんな性格で、どんな容姿で、どんなタイプで。
どのような人を、アルストが好むのかを知りたかった。
「ええ、あなたですよ」
イルディアが当初に抱いていた狙いなど知るはずもなく、
アルストは素っ気なく、当たり前のように言い放った。
それが嬉しくて、
もしかして会ったときだろうか。
それとも、いっしょに寝ていたときだろうか。
いやいや、もしかして。
などとイルディアが想像を膨らませていたところで、
「我々神官が生涯を捧げるのは、神そのものなのですからね」
アルストは、しれっと言い放った。
「そーゆー話じゃなくってッ!」
「いいえ、そのようなお話です」
「違うもん!」
イルディアは悔しくなって、アルストに枕を投げつけた。
しかし憎たらしいことに、アルストは枕程度なら受け止めてしまう。
そういう男だった。
「女の子に興味ないのって話だよ!」
「おや、女神として呼ばれた身でまさかそのような」
「だからぁ! 僕は自分で女の子だって言ったことないじゃん!」
ぎゃーぎゃーとイルディアが騒いでも、
馬車は粛々と戦地までの距離を縮めている。
小さな振動に揺らされながら、アルストは肩をすくめた。
「ええ、最初からネタバラシでしたね。出オチです」
「でおち?」
「いえ、こちらの話です」
受け止めた枕を返したアルストは、口許に笑みを浮かべた。
「そういうところは、嫌いではありませんがね」
だから、迷っている。
そこまでは、言わなかった。




