8.真相と黒幕(4)
「陛下、絶対に死なないでくださいね」
シャルロットはエディロンの顔を見上げる。
自分が死ぬのも怖いけれど、エディロンが死ぬことはそれ以上に怖い。
「俺は死なない」
エディロンはシャルロットの顔に片手を添える。
「こんなに可愛い妃を得たのに、残して死ぬわけがないだろう」
その優しい眼差しを見て、余計に不安が募る。
エディロンは強い。それでも、嫌な想像が頭をよぎってしまう。エディロンが大切だからこそ、失う恐怖が大きかった。
なおも不安そうな表情をするシャルロットを見つめていたエディロンが片眉を上げる。
「ところでシャルロット。今、陛下と言ったか?」
「え? はい、言いました」
何か問題のあることを言っただろうかと考え、シャルロットは小首を傾げる。
「シャルロット。あなたは今日より、俺の妃だ。公式の場以外では『エディロン』と名前を」
「あ……」
シャルロットは一瞬口ごもる。
「エディロン様」
意を決してその名を呼び、エディロンを恐る恐る見上げる。
名前を呼ぶだけなのに、どうしてこんなに気恥ずかしいのだろう。ほんのりと頬が熱を帯びるのを感じる。
一方のエディロンは蕩けそうな眼差しをシャルロットへと向けた。
「あなたに名前を呼ばれるのは、嬉しいものだな。自分の名前が特別なものになった気がする」
「わたくしも、エディロン様の名前を呼ぶだけで胸がむず痒いです……」
おずおずとそう告げると、エディロンは驚いたように目を見開く。
「参ったな。俺の妃は言うこと為すことの全てが愛らしすぎる」
エディロンの顔が近づいてきたので目を閉じると、触れるだけのキスをされた。
エディロンは、はあっと息を吐く。
「本来であれば、ようやく今夜、あなたを存分に愛せると思っていたのだが──」
心底残念そうに、エディロンは呟く。
「残念でならないが、楽しみはとっておく」
「は、はいっ!」
意味を理解して、顔が真っ赤になってしまう。
今世でもやっぱりエディロンは今日の今日までシャルロットと一線を越えようとしなかった。その日が来るのを楽しみにしておくと言っているのだ。
また沈黙がふたりを包み、時計の音がカチ、カチと聞こえる。
そのとき、部屋の中に突如として白いものが現れた。シャルロットの使い魔である、白猫のルルだ。
「ルル!」
シャルロットは声を上げる。
今夜、怪しい者がいると聞いてシャルロットはルルとハールに頼んでこの部屋の周辺を見回りしてもらっていた。ルルとハールは一見するとただの猫と小鳥だし、鍵が閉っていても部屋に入ってこられるから。
ルルはぴょんとシャルロットの膝に飛び乗る。
「見回ってきたのね。どうだった?」
「うーん。この部屋の周辺には怪しい人はいなかったけど──」
「けど?」
シャルロットはルルに先を促す。
「庭園の奥で話し込んでいるふたりがいて、おかしいなって思ったわ」
「庭園の奥?」
「ええ。明かりもないのに、こそこそ話していたわ」
「それは、男女の戯れではないのか?」
エディロンが横から尋ねる。パーティに男女の恋の駆け引きは付きものであり、意気投合したふたりが人目を忍んで庭園の奥へ行ったということも考えられる。
「それはないと思うわよ。ふたりとも男の人だったし、何かものをやり取りしていたもの」
「もの? 何を?」
シャルロットは尋ねる。
「わからないわ。何か長細いもの。黒かったわ」
「誰だかはわかる?」
「わからない」
ルルの返事を聞き、シャルロットは途方に暮れる。これでは、ほとんどなんの情報にもならない。とは言え、シャルロットの願いを聞いて周囲を見回り報告してくれたルルを責めるのはお門違いだ。
「ルル、ありがとう」
シャルロットはルルの頭を撫でようと、手を伸ばす。その毛並みに触れた瞬間、ぞくっとした。おびただしい映像が頭の中に流れ込んできたのだ。




