8.真相と黒幕(1)
慌ただしい日々はあっという間に過ぎてゆく。
エディロンとの結婚式が明日に迫ったこの日、シャルロットはエディロンと一緒に過ごしていた。
「新しい部屋の居心地は悪くないか?」
「大丈夫です。家具も離宮のものに似たものをご用意してくださいましたし」
シャルロットは頷く。
シャルロットが明日から過ごすのは本宮の上層階にある妃のための部屋で、一度目の人生でシャルロットが使っていた部屋と同じだ。
結婚式に合わせて離宮から本宮へ引っ越しするにあたり本宮の部屋の整備をすると聞き、シャルロットは離宮で使用していた家具に似たものがいいと願い出た。あの部屋の雰囲気が気に入っていたのだ。
「お庭が少し遠くなってしまうのが残念ですが、たまに遊びに行こうと思います。あの離宮のお庭はとても素敵でした」
「そうだな。あそこは永らく使っていないから、何かに利用できればいいのだが」
エディロンが頷く。
そのとき、部屋のドアをノックする音がした。
「誰だ?」
「私です。セザールです」
「セザールか。入れ」
エディロンが許可を出すとすぐに、部屋のドアが開かれる。
「何があった? 明日の準備に不手際でも発覚したか?」
エディロンが尋ねる。
こんな夜遅く、しかも結婚式の前日にセザールがエディロンの元を訪ねてくるとなると、何かがあったと考えるのが自然だ。
「いえ、明日の準備は滞りなく進んでおります」
「では、どうした?」
エディロンが尋ねる。
「実は、反逆勢力の件で至急お耳に入れたいことが──」
セザールがワントーン声を潜めて、エディロンに告げる。
(反逆勢力?)
シャルロットは確かに聞こえたその単語にハッとした。以前、お茶会の際にもエディロンには彼のことをこころよく思わない反逆勢力がいると聞いたことがあった。
セザールはエディロンの横に座っているシャルロットを気にするようにちらりと視線を向ける。シャルロットがいるこの場で話を始めていいものかと迷っているようだ。
「あの……わたくし、席を外しましょうか?」
敏感にそのことを察したシャルロットは、エディロンに問いかける。すると、エディロンは首を横に振った。
「いや。ここにいて構わない。シャルロットは明日にはダナース国の王妃になるのだから」
「承知しました。それでは、報告させていただきます。実は、明日の結婚式に合わせてよからぬ動きがあるとの情報が入っています」
セザールが険しい表情でエディロンに報告する。
「明日の結婚式に合わせて? なるほど。警備が厳重になる反面、人の出入りが激しいから部外者も入り込みやすいからな」
「はい。宮中に入るチェックは厳重に行いますが、それでも注意したほうがいいかと」
「ああ。それで、一体どういう企みだ?」
「陛下の命を狙おうとしているようです」
「ほう?」
エディロンの視線が鋭いものへと変わる。
「明日の結婚披露パーティーののち、陛下は確実にシャルロット様が待つ寝室へと向かいます。そこを狙っているようです」
「なるほど。初夜に妻の元を訪れない夫はいないからな。浮かれているし、行為の最中は無防備で襲いやすい」
エディロンは特段驚いている様子もなく、淡々と答える。一方のシャルロットは物騒な話に顔色をなくした。
(命を狙われているですって?)
確かにエディロンが気に入らないと思っている反逆勢力なのだからそうするのが一番手っ取り早いのだろうとは予想が付く。しかし、いざ実際に耳にするとぞっとする。
「だが、寝室に入るにはその前段で俺の私室に入る必要があるし、私室のドアの前には警備の兵士がいるから狙いにくくもあるのだがな」
エディロンの言うとおりだった。
ダナース国の王宮の国王夫妻の寝室はエディロンの私室からの続き間になっている。その間にはドアがひとつあり、どちらからも鍵がかけられる仕様になっていた。
「窓から侵入するつもりでしょうか?」
「窓から?」
エディロンは立ち上がり、部屋の窓を開けて寝室側を見る。そしてまたソファーへと戻ってきた。
「ここは三階だ。足がかりもないし、難しいだろう」
「そうは思いますが、念のため明日は屋上と宮殿の外壁周りの警備も強化します」
「ああ。そうしてくれ」
エディロンは頷く。
「ところで、黒幕は確認できたか?」
「予想は付いておりますが、証拠がありません」
そのとき、ふとセザールがシャルロットへと視線を向けた気がした。
(……何かしら?)
不思議に思ったけれど、それは一瞬のことでセザールは既にエディロンへと視線を向けている。
「いかがなさいますか? 結婚式が開始する前に急に警備を強化すれば、企みがばれたと気付き作戦は中止になるかと思いますが──」
「ふむ」
エディロンはどうするべきか、顎に手を当てて思案する。
(作戦が中止に? でも、それってまた別の日にエディロン様が狙われるってことよね?)
シャルロットは不安になってふたりの顔を見比べる。エディロンもまだ決断しきれないようで、考えている様子だ。
「あのっ!」
シャルロットは意を決して、口を開く。
「その策略、気付いていないふりをして敵をおびき出してはいかがでしょうか?」
エディロンはそれを聞き、眉根を寄せる。
「しかし、奴らが狙っているのは寝室に向かうタイミングだ。場合によっては、あなたにまで危険が及ぶ可能性がある」
「大丈夫です。彼らが狙っているのはわたくしではないのでしょう?」
「しかし、明日は結婚式の当日だ。万が一ということも考えられる」
──結婚式当日。
そう聞いて、エディロンが何を心配しているのかすぐに理解した。その暗殺者が、エディロンだけでなくシャルロットに害を与えることを心配しているのだ。
シャルロットは結婚式当日に必ず死ぬ。確かに、その暗殺者に殺されることも大いに考えられる。
(でも──)
エディロンがこのあと命を狙われ続けることのほうが嫌だと思った。シャルロットはぎゅっと拳を握ると、まっすぐにエディロンを見つめる。
「わたくし、自分の身を守るくらいはできますわ。それに、わたくしのことは陛下が守ってくださるのでしょう?」
シャルロットは一通りの護身術を身に付けている。殺されそうになったときに抵抗できるように学んだのだ。
けれどそれ以上に、シャルロットはエディロンが必ず守ってくれると信じていた。
シャルロットがにこりと微笑むと、エディロンは驚いたように目を見開いた。そして、参ったと言いたげにフッと口元を緩める。
「ああそうだな。あなたのことは絶対に守る。……だが、万が一にも危険が迫ったら戦わずにすぐに逃げろ。わかったか?」
「わかっております」
シャルロットがこくりと頷くと、エディロンは「よしっ」と言って手を伸ばす。
頭をぽんぽんと優しく撫でられた。
◇ ◇ ◇




