7.前世、私を殺した男が溺愛してくる(8)
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途中で淹れた熱い紅茶は、いつの間にかすっかりと冷め切っていた。エディロンはその冷めた紅茶を気にする様子もなく飲み干すと、額に手を当てる。
「つまり、あなたは今の人生が六回目であり、結婚するとその日に死ぬと?」
「はい。そうです」
シャルロットは頷く。
エディロンは眉間に深い皺を寄せたまま、一点を見つめている。といっても視線の先に何かがあるようには見えないので、ただ単にこの突拍子もない話に驚き考え込んでいるだけだろう。
「信じられないですよね……」
シャルロットは目を伏せ、ぎゅっと手を握る。
普通であれば到底信じられる話ではないことは、シャルロット自身も重々承知している。
「いや……」
エディロンは一点に向いていた視線をシャルロットの顔へ向ける。
「信じよう。あなたの持っている知識や剣などに関する技術をせいぜい二十年しかない人生で全て身に付けるのは難しい。それ専門に育てられたのかと思ったが、それにしても無理がある。それに、俺は人を見る目に関しては自信がある。あなたは今、嘘をついていない」
(信じてもらえた?)
まっすぐに見つめられそう言われ、胸に熱いものが込み上げてくる。
しかし、その後に続いた言葉に思わず苦笑してしまった。
「シャルロット。あなたのこれまでの人生ではそういうことが起こったのかもしれないが、今回は絶対に死なせない。俺が守ってやる」
この台詞、最初の人生でシャルロットを殺したのがエディロンでなければとても頼もしく感じたと思うのだけれど──。
「実は陛下……一度目の人生でわたくしを殺したのは、あなたです」
「……は?」
「あなたが私を斬り殺しました。その剣で」
シャルロットはエディロンの脇に視線を投げる。そこには、いつもエディロンが腰に佩いでいる立派な剣が置かれていた。見た目だけでなく、中身もしっかりと磨き込まれた真剣だ。
「俺が?」
「はい」
「嘘だろう?」
「本当です」
シャルロットの返事に、エディロンは解せないと言いたげな表情だ。
「どういう状況で?」
「初夜に来訪を待っていたら、斬り殺されました」
そのときに〝ドブネズミ〟という蔑みの言葉付きだったことは、ここで言わなくてもいいだろう。
「……そんな馬鹿な。…………。何かの間違いじゃないか?」
エディロンは口元に手を当て、眉間に深い皺を寄せる。
本気で信じられないようだ。
(本当に、何かの間違いだったらよかったのだけれどね)
残念ながら、シャルロットが話していることは紛れもなく真実だ。そしてあの日を境に、シャルロットの不思議なループが始まった。
「シャルロット」
エディロンがシャルロットの手を取り、こちらを見つめる。
「過去はそうであったかもしれない。だが、今の俺は絶対にあなたを殺したりしないし、誰かに殺させたりもしない。これは信じてほしい」
「…………」
「命に代えてでも、絶対に守ってやる。だから、俺の妃になってほしい」
「……はい。あなたを信じます」
シャルロットが頷くとエディロンは相好を崩し、まるで子供のような笑顔を見せる。
そして、ぎゅっとシャルロットを抱きしめる。その力強さが今はとても心地いい。
エディロンは大きな手でシャルロットの髪を撫でたが、何かに気付いたように手を止めた。
「この髪飾りは母君の形見だと言っていたな? たしか、初めて会ったときも付けていた。懐かしいな」
「初めて会ったとき?」
シャルロットは少し体を離し、エディロンを見る。
「エリス国の舞踏会で付けていただろう?」
「エリス国の舞踏会?」
シャルロットは不思議に思った。
一度目の人生では舞踏会でこれを付けているときにエディロンに出会ったが、今世ではシャルロットは舞踏会に参加していないはずだ。
「ああ、そうだ。あなたは会場の外にひとりでいて、そのトカゲと一緒に時間を潰していた」
エディロンが視線で指したのは羽根つきトカゲのガルだった。部屋の隅で眠っていたガルは自分のことを話しているのを悟ったのか顔を少し上げる。
「あとは、ものすごく酸っぱいフルーツを渡された気がする。あれはなんだったかな……」
「もしかして、トネムの実ですか?」
「ああ、そうだ。それだ」
エディロンは思い出せたことで満足したのか、パッと表情を明るくする。
「陛下とわたくし、昔会ったことがある?」
「あるな。エリス国の行う大規模な社交パーティーで会った。俺は父上と一緒に参加していたのだが、あの時期は今よりもさらにダナース国の立場は微妙で周辺国の態度も悪かった。会場で酔った異国の来賓に馬鹿にされたことが悔しくて会場から飛び出したら、あなたがいた」
シャルロットは遠い記憶を呼び起こす。
(それって……)
シャルロットのループは毎回、母親であるルーリスが亡くなって一年くらい経った頃──十二歳から始まる。そして、シャルロットの記憶が正しければ最後に参加した社交パーティーはループの開始する直前のタイミングだった。
(確かに、来賓の方とお話しした記憶があるわ)
社交パーティーに参加しろと言われたものの楽しむ気分になれず、会場の外でガルと遊んでいた。
そこに少し沈んだ様子の若い男の人が来たので、元気づけようと集めたトネムの実を渡した気がする。ちなみに、トネムの実はよくジョセフともぎ取って食べていたフルーツの名前だが、そのままだと酸っぱいのでジャムにするがおすすめである。
「陛下はわたくしと再会したとき、それがわたくしだと気付いていたのですか?」
「いや、気付いていない。実を言うと、最初に会ったときはあなたのことをそもそも王女だとも思っていなかった。どこかの有力貴族の子供が遊んでいるのだろうと──」
エディロンはばつが悪そうに口ごもる。
それは無理もないだろう。社交パーティーで王女が会場を抜け出し庭園でこっそり遊んでいるなど、誰が想像するだろうか。しかも、シャルロットの格好は王女と呼ぶには質素すぎるものだったと記憶している。
「最初に『もしかして』と思ったのはそこにいるガルを見たときだ。そして、訓練場でこの髪飾りを付けているあなたを見たときに間違いないと確信した」
「そうだったのですか。だからあのとき、驚いたような顔をされたのですね?」
シャルロットは全く知らなかった事実に驚く。
それと同時に思い出したのは、一度目の人生で出会ったときのエディロンの様子だ。
「そう言えば、一度目の人生で陛下と社交パーティーでお会いしたときも、陛下は髪飾りを見て驚いていました」
もしかしたら、あの時点でエディロンはシャルロットが以前会った女の子だと気付いていた?
エディロンもシャルロットと同じことを考えたようだ。
「なら、以前会ったのがあなただと気付いていたはずだ。結婚申し込みはあなたを名指しで来たのだろう? 恐らく、その時点で妃に迎えると決めているはずだ」
「なぜそんなことがわかるのですか?」
「わかる。別次元とはいえ、俺なんだ。間違いなくあなたに好感を抱いている」
自信満々に言い切られ、なんだか気恥ずかしくなる。
「それだけに、なぜ自分があなたを斬ったのかがわからない」
エディロンは眉間に皺を寄せ呟く。
しかし、すぐに考えても詮ないことだと気を取り直したようにシャルロットを見つめた。
「今回は、絶対にそんなことにはさせない。必ず、守ってやる」
「はい」
こくりと頷くと、優しく抱き寄せられて唇が重ねられる。蕩けるようなキスをされると、シャルロットは容易く夢見心地になる。
「シャルロット、愛している」
繰り返し囁かれる言葉は、鼓膜を心地よく揺らす。
エディロンの妻になることは、嬉しいのと同時にとても怖い。また、結婚式の日に殺されてしまうのではないかと不安でたまらなくなる。
それでも、こうして抱きしめてくれる心地よい温もりをもう一度信じてみたいと思った。




