7.前世、私を殺した男が溺愛してくる(5)
◇ ◇ ◇
城下で暴れ牛に襲われたシャルロットを助けたのは、全くの偶然だった。
なかなか会うことができないシャルロットになんとかして接触しようと城下に出たエディロンは、まずはシャルロットがいつも最初に向かうというグランバザール大通りに行った。
「確か、行きつけはマダム・ポーテサロンだったな」
以前、シャルロットにどこに行っていたのかと詰問したときに聞き出した店を探すと、それは刺繍専門の高級サロンのようだった。
ドアを開けると、中は白を基調とした明るく華やかな空間が広がっていた。至る所に刺繍の品々が飾られている。
「いらっしゃいませ。どんなお品をお探しでしょうか?」
すぐに出迎えてくれたのは、店主と思しき中年の婦人だ。焦げ茶色の髪の毛をひとつに纏めた、こざっぱりとした上品な女性だった。
「商品を見にきたんではないんだ」
「あら。では、買取り希望でしょうか?」
「いや、違う。人を探している。よくここに、腰くらいまであるピンクブロンドの髪の女性が来ると思うのだが、今日は来ていないか?」
ダナース国でピンクブロンドの髪は珍しい。その女性はすぐに誰のことが思い当たったようだ。
「オードランさんのことですか? よく刺繍の品々をお納めくださいますが、今日はいらっしゃっていないですね」
「そうか……」
きっと来ていると思っていただけに、予想が外れてがっかりする。だが、それと同時に、別のことが気になった。
「彼女は刺繍を納めているのか?」
てっきり、買いに来ているのだとばかり思っていた。
「はい。オードランさんはとてもお上手なので、当店でも特に人気の品となっております。ご覧になられますか?」
「見てもいいか?」
「もちろんです」
女店主はにこりと微笑むと、店内に置かれた商品の中から何点かを選んで持ってきた。
「こちらですよ」
それは、数枚のハンカチとテーブルクロスだった。小鳥や花、小動物などが刺繍されており、どれも熟練の職人が作ったと言われても違和感ない出来栄えだ。
その中のひとつに、エディロンは目を留める。
「これ……」
それは、ピンク色の小さな花だった。白いハンカチに刺繍されている。
「ああ。これは一番最近納品戴いたものです。なんでも、アーモンドの花を初めて見に行かれたそうです。とても楽しかったようで、思わず刺繍してしまったと」
「そうか」
その後の態度からもしかすると嫌な思い出になっているのではないかと心配していたが、シャルロットが楽しかったと周囲に話していると知り、エディロンは口元を綻ばせる。
「このハンカチ、もらってもいいか? いくらだ?」
「三〇〇ルビンです」
「わかった」
ポケットから一〇〇ルビン硬貨を三枚取り出し、女店主に手渡す。女店主がそれを丁寧に包もうとしたので、「そのままでいい」と言ってエディロンはそれをそのままポケットに入れた。
(ここに来ていないとすると、あとは孤児院だろうか?)
店を出たエディロンは、以前シャルロットが子供達と遊んでいた孤児院を思い出し、そこに向かうことにした。
ところが、近づくにつれて何やら悲鳴のような声が聞こえてきて、様子がおかしい。
「何かあったのか?」
「わかりません」
それとなく近くに控えていたセザールに話しかけるが、セザールもなんの騒ぎなのか予想が付かないようだ。
妙な胸騒ぎがした。
足を速めて進む。
ようやく騒ぎの元に近づくと、どうやら荷車を引く牛の機嫌が悪いようで暴れ牛の状態になっているようだった。
「一般人に被害が出る前になんとかしたほうがいいな」
「はい。すぐに対応します」
セザールは頷くと、その場を離れる。警邏中の騎士団に知らせに行ったのだ。
(ますます興奮しているな……)
セザールを待つ間にも、牛の興奮は収まらない。むしろ、飼い主と思しき男性の持っている綱を振り払わんばかりの勢いだ。
(まだか?)
周囲に視線を走らせたエディロンは、そこでピンク色の髪の女性がいるのを見つけてぎょっとした。
(シャルロット?)
それは紛れもなくシャルロットだった。孤児院の前で遊んでいる子供達を、建物の中に避難させようとしているようだ。
「そんなところにいると危ないぞ!」
興奮した牛に襲われれば、成人男性とて無事では済まない。子供や女性が襲われれば命を落とす可能性も高い。それはシャルロット自身にも言えることだ。
手伝いに行こうとシャルロットのほうへ走り出したタイミングで最悪の事態が起こる。
遂に制御を失った牛が、綱を振り切って走り出したのだ。更に悪いことに、走って行ったのはシャルロットがいる方角で、シャルロットが逃げようとして足をもつれさせて転ぶのが見えた。
(まずい!)
エディロンは咄嗟に自分の目の前を走り抜けようとする牛めがけて、袖口に仕込んであった短剣を投げつける。それは見事に牛の臀部に突き刺さる。
一瞬動きを止めた牛に素早く飛び乗ると、その短剣を引き抜いて今度は脳天に突き刺した。
「シャルロット!」
牛を仕留めたエディロンは地面に倒れるシャルロットを助け起こす。シャルロットは恐怖で混乱しているのか、どこか視線が虚ろだった。
転んだ拍子に骨を折ったりしていないかと心配するエディロンを見上げ、口元に微笑みを浮かべる。
「陛下」
「どうした? どこか痛いのか?」
エディロンはシャルロットの顔を覗き込む。
「あなたのことが好きです」
言われた瞬間、息が止まるような衝撃を受けた。
明らかに拒絶する態度を示していたシャルロットが初めてエディロンに直接告げた、好意の言葉だったから。
しかし、その直後にエディロンは別の意味でぎょっとする。シャルロットがぱたりと意識を失ったのだ。
「シャルロット? おい、シャルロット!」
エディロンはシャルロットを両腕に抱いて立ち上がる。
(彼女になにかあったら)
そう思うと、居ても立っても居られなかった。




