7.前世、私を殺した男が溺愛してくる(3)
◇ ◇ ◇
騎士達が剣を打ち合うのを見守りながら、エディロンはふと背後へと視線を向ける。訓練場の塀越しに見えるのは王宮の開放廊下だ。
「陛下。シャルロット様と喧嘩でもしたんですか?」
そう尋ねてきたのは、横にいたセザールだ。
「していない。なぜそんなことを聞く?」
「だって、最近離宮を訪問していないじゃないですか。その割に、今もシャルロット様のこと視線で探しているし」
セザールの指摘に、エディロンは思わず顔を顰めた。なぜシャルロットを探しているとわかったのか。勘が鋭すぎる側近を持つのも、考えものだ。
(少し、ことを急ぎすぎたか……)
エディロンは内心で溜息をつく。
シャルロットとの距離を少しずつ縮め、花見に行く前はかなり良好な関係を築けていると思っていた。エディロンが訪問するとシャルロットはパッと表情を明るくし、花が綻ぶような笑顔を見せる。
それ故に、男としても好意を向けられていると思っていたのだが──。
その状況が一転したのは、あの花見の日からだ。
シャルロットから『気分が優れないので陛下にお会いすることができません』という主旨の手紙が届くようになり、明確な拒絶をされた。それでも諦めずに何度か離宮まで訪問したが、のらりくらりと適当な理由を付けて断られ、結局しっかりと会話ができていない。
考えられる理由は、エディロンがあの日『本当の妃にしたい』と言ったことくらいだ。
密かに探らせたところによると、シャルロットはエディロンに会わない他は今までと同じように城下に出て普通に過ごしているようだ。むしろ、最近はより活発に活動しているようにすら見える。
となると、エディロンに会いたくなくて言い訳しているとしか考えられない。
(困ったな)
もちろん、エディロンは国王なので無理矢理呼び出せば従うだろうが、そんなことをすれば益々心を閉ざしてしまうことは明らかだ。できれば避けたい。
(城下にまで会いに行くか)
それ以外にシャルロットときちんと向き合って話す方法が思いつかない。それに、そろそろ結婚式の具体的な準備に取掛からないといけない時期に差し掛かっており、いずれにしても一度きっちりと話す必要があった。
「セザール。今日の午後は何も予定が入っていなかったな?」
エディロンはセザールに自分の予定を確認する。
「今日の午後ですか? 予定していた会議がキャンセルになったため、空いています」
「久しぶりに城下に出かけようと思う。お忍びで行きたいから、供は目立たないようにしてくれ」
「かしこまりました」
セザールは頭を下げる。
エディロンは小さく頷くと、ぎゅっと拳を握る。
シャルロットを手放すつもりはない。離宮で会えないならば、城下に会いに行くまでだ。
◇ ◇ ◇
離宮にある中庭。そこにある古びた噴水の前で、シャルロットは藻の生えた水面を眺めていた。
「はあ……」
ここ最近、何度出たかわからないため息がまた口から漏れる。
エディロンに本当の妃にしたいと告げられて以来、シャルロットはエディロンとの接触を避けてきた。一体、どう接すればいいのかわからないのだ。
体調不良でもないのに『体調が優れないので』と暗にここには来ないでほしいと手紙を出し、見舞いに来てくれたエディロンを適当な理由を付けて追い返したことも一度や二度ではない。
(ある日突然姿を眩ますのは……やっぱりまずいわよね)
契約関係にあるとはいえ、対外的にはシャルロットはエディロンの婚約者だ。その自分の姿が消えれば、誘拐などの可能性を考えて国を挙げての大捜索になってしまう。
(やっぱり話さないと)
シャルロットはもう何度も行き着いた答えへと、もう一度行き着く。
いつまでも逃げてなどいられない。一生エディロンの仮の婚約者でいることなどできないのだから、どこかで区切りを付けなければ。
──ピピッ。
ひとり佇んでいると、小鳥の囀りが聞こえた。顔を上げると、中庭の木に一羽の小鳥が留まっている。
「ハール!」
シャルロットはその小鳥──使い魔のハールに向かって呼びかける。
「お帰りなさい。もしかして、ジョセフからの手紙を?」
「当たり! はいどうぞ」
ハールは片足を突き出すようにシャルロットに見せる。シャルロットは早速、筒状に丸められた手紙を外してそれを開いた。
・・・
姉さんへ
手紙をありがとう。
最近元気がなさそうな気がするんだけど、気のせいかな?
僕の杞憂であればいいのだけど。
姉さん、僕たちが生きた人生は同じようでいつも違っている。
今この瞬間も僕たちは生きているよ。
いつも言っているけれど、僕は姉さんが望む道に進むことをいつも応援している。
何があったのか詳細はよくわからないけれど、僕は姉さんの味方だよ。
もう一度、どうしたいのかよく考えてみて。
ジョセフ
・・・
シャルロットは短い手紙の文面を何度も目でなぞる。
「ジョセフったら……」
何があったかの詳細を話したわけでもないのになんとなくシャルロットの状況を察したような手紙をくれるのは、双子の成せる技だろうか。ジョセフとシャルロットは、ただの双子というだけでなく、何度も不思議なループを繰り返した同志としても強い絆で結ばれている。
「わたくしが望む道、か……」
二度目の人生からこれまで、ただ生き残ることだけを目標にしてきた。けれど、一体自分はどんな人生を歩んでみたいと思っているのだろうと考えてみる。
(わたくしは──)
そのとき、遠くから「シャルロット様!」と呼びかける声がした。そちらを見ると、ケイシーが片手を振っている。
「トムス商店より、ご依頼のものが届いたと」
「本当? ありがとう」
トムス商店とは、グランバザール大通りにある高級ステーショナリー用品店の名前だ。シンプルなデザインながらしっかりとした機能のステーショナリーを揃えており、貴族の愛用者もとても多い店でもある。
シャルロットは来週に迫ったエディロンの誕生日プレゼントに、ここの万年筆を選んだ。
万年筆はここ最近急速に流通し始めた。いちいちインクに浸さなくても文字が書けるので文字を書くことが多い人々にとても人気な品だ。
ただ、製作には熟練の職人による繊細な技が必要なので、庶民ではなかなか手にすることが難しい高級品でもある。
色々と考えて、実用的だし、邪魔にもならないからぴったりだと思ったのだ。
「取りに行こうかしら」
「かしこまりました」
ケイシーは笑顔で頷いた。




