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6.揺れる心(3)

(病弱とは正反対だな)


 知れば知るほど、調査報告書のシャルロットとエディロンの知るシャルロットが違いすぎる。


(となると、やはり別人なのか?)


 この疑惑は最早エディロンの中で日に日に大きくなりつつあった。本人は本を読んで知識を得たと言っているが、あの博識さはそんなもので身につくものではない。

 それに、剣技に関してもそうだ。実際にシャルロットが剣を振っているところを見て、エディロンはシャルロットがかなりの剣の使い手であることを確信している。


(婚約を破棄したがっている理由はそれか?)


 なんらかの理由で本当のシャルロット王女ではなく、偽者のシャルロットがダナース国にやってきた。しかし、偽者なので本当に結婚するわけにはいかず、どうしても婚約を破棄したい。そう考えれば、必死に婚約を破棄したいと言った理由も説明が付く。


(では、本物のシャルロット王女はどこだ?)


 彼女が偽者であれば、どこかに本物がいるはずだ。

 けれど、報告書にはそのことは全く書かれていない。

 一切の痕跡を残さず、本物の王女が雲隠れするというのも考えにくい。


(となると、やはりシャルロットは本物で、なんらかの方法であの知識や技術を得たのか?)


 考えれば考えるほど、わからない。


「あなたは一体、どんな秘密を抱えているんだ?」


 エディロンの問いかけは、シャルロットに届くことなく執務室に溶けて消える。


 最初は、エリス国の王女との結婚などただの政略結婚であり、嫁いできた王女と関わるつもりは一切なかった。むしろ、面倒だとすら思っていた。


 けれど、実際に来たシャルロットは知識、教養、周囲に対する態度どれをとってもダナース国の王妃として文句の付けようがなく、また美しくて聡明な女性だった。

 話していて飽きることがなく、また、必要な場面では凜とした態度でいながらエディロンと二人きりのときなどはころころと表情が変わるところも可愛らしく好ましいと思っている。


 つまり、エディロンは関われば関わるほど、シャルロットに惹かれていた。


「あと五ヶ月か……」


 エディロンは息を吐く。


 シャルロットが婚約破棄してほしいと言った期限まで、あと五ヶ月。

 エリス国と政略結婚しなくても済むほどの外交上の立場の改善を条件としたが、事実ダナース国の諸外国との関係性は記念祝賀会を契機に一気に改善方向へと向かっている。正直、これだけの成果をあげてくるとは予想していなかった。


(約束通り、破棄してやるべきなのだろうな)


 道義を通すなら、そうするべきだ。

 しかし、エディロンの中でそのことが納得しきれていない。なぜシャルロットがここまで婚約破棄したがるのかわからないし、エリス国の王女が王妃になればダナース国としてプラスに働くことは変わらない。


(となると、やるべきことはひとつだな)


 シャルロットの態度から判断するに、異性として嫌われてはいないはずだ。

 ならば、シャルロットの不安を取り除き、本人の気持ちを変えさせるまでだ。


    ◇ ◇ ◇


 この日、シャルロットは朝から少しおめかしをしていた。

 連日にわたり多数のお茶会のお誘いを受けているが、今日はそのうちのひとつ、ダムール侯爵夫人のお茶会に参加する予定なのだ。


 ダムール侯爵家はレスカンテ国時代から続く名門貴族のひとつだ。エディロンが重用している一族のひとつと聞いて、参加することを決めた。


「シャルロット様、できましたよ」


 準備を手伝ってくれたケイシーのかけ声で、シャルロットは鏡の前に行く。


「わあ、素敵」


 そこには、淡い黄色のドレス姿の自分が映っていた。華美ではないものの、腰からふんわりとスカートが広がる上品なデザインだ。胸元と袖口には、さりげなくレースがあしらわれている。


「はい。本当に素敵です。髪飾りはいつものものを?」

「ええ。お願い」

「かしこまりました」


 ケイシーはシャルロットの背後に回ると、シャルロットの髪にいつもの金細工の髪飾りを付けた。


 ふと、ケイシーが時計を見る。


「シャルロット様。まだ少しお時間があるので、先に図書館に行かれますか?」

「本当?」


 シャルロットも時計を見る。確かに、出かけるまでにあと二時間近くある。少し早く準備しすぎたようだ。

 エディロンとの毎日の会話の時間を有意義にするために、シャルロットはできるだけ図書館に行き本や新聞などを読み込み、自分の中の知識を整理するようにしていた。


「ええ、そうしようかしら」


 シャルロットは笑顔で頷く。

 そんなに長居しなければ、十分に間に合うだろう。





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