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5.建国記念祝賀会(4)


「まず、アリール殿下にはこちらを」


 シャルロットは近くに飾られていた装花から一輪のバラを抜き取ると、それをアリール王子に持たせる。


「このまま持っていてくださいませ」


 突然バラの花を一輪持たされて戸惑うアリール王子に、シャルロットはにこりと微笑みかける。


「皆様。危ないのでお下がりくださいませ」


 周囲に声をかけると、何が始まるのだろうと興味津々の様子でシャルロットに注目していた来賓客達が一様に後ろに下がる。自分の周囲が半径三メートルほど空いたのを確認し、シャルロットは握っていた剣を胸にぴったりと付けるように上向きに構えた。


(ジョセフ、応援していて)


 心の中で、故郷にいる弟へと呼びかける。


 目を閉じてぎゅっと剣の柄を握ると、それだけで昔の感覚が蘇る。かつて毎日のように練習した剣技は、転生しても体に染みついている。


(目を開けて、わたくしは騎士になる)


 剣を振る。

 ヒュンという音が響いたのを合図に、シャルロットの剣は美しく弧を描く。くるりと回転しながら舞うと、着ているドレスの裾も広がり軽やかに揺れた。


 これはエリス国の騎士団が式典などで披露するために作った見せるための剣技だ。観賞用に考えられたものなので、全体的に動きがダイナミックで見る者を魅了する。


「ほうっ」


 周囲の人々から感嘆のため息が漏れるのが聞こえた。


 久しぶりに舞う剣技に手が震えそうになる。シャルロットは腕にぎゅっと力を込めて、必死に剣を振った。


(あと少し……)


 演技の終盤、シャルロットはアリール王子のほうを見る。

 まさか王女が剣を振るうとは思ってもみなかったようで、片手にバラを持ったままあんぐりと口を開けてこちらを見入る姿に溜飲が下がる思いだ。


(よし、最後!)


 これがこの剣技の最大の見せ場。もし手元が狂えば、大変なことになる。


 シャルロットはアリール王子が手に持っている切花めがけて剣を振るう。

 自身に剣先が伸びてきたのを感じ、アリール王子の喉から「ひいっ」と声にならない声が漏れてくるのが聞こえた。


 ──シュッ。


 赤い物が吹き飛ぶ。


 シャルロットはそれを見届けて、口元に笑みを浮かべると剣を下ろした。

 アリール王子の手に握られていたバラの花びらが一斉に宙に舞い、やがてひらひらと床に舞い落ち赤い模様を作り上げる。


 その瞬間、シーンと静まりかえっていた大広間に「わっ」と大きな歓声が起きた。


 パチパチとひとつ、ふたつ拍手が上がり、それはすぐに盛大なものへと変化する。


「シャルロット様、素晴らしい剣技でしたわ」

「本当に、びっくりしました。まさか王女殿下がこんなことをできるなんて」


 周囲で見守っていた人々が一斉にシャルロットに賞賛を贈る。


「お楽しみいただけましたか?」


 シャルロットは顔面蒼白なアリール王子をまっすぐに見つめると、にこりと微笑みかける。


「あ、ああ。もちろん」


 アリール王子はこくこくと頷く。


「ふふっ、それはよかったわ」


 シャルロットは大袈裟に喜んでみせる。


「わたくしの故郷のエリス国では、女性騎士どころか王女も剣を握りますの。王族とて、自分の身を自分で守ることができるべきでしょう? 実は、今回の警備に女性騎士を入れたのも、わたくしの提案なんです」

「まあ、そうだったのですね」


 周囲から、感心したような声が漏れる。


 本当はシャルロットは警備の騎士のことなんて一切願い出ていないし、エリス国では王女も剣が握れるというのも嘘だ。シャルロットは特殊な事情があり握れるが、リゼットは剣に触れたことすらないだろう。


 けれど、エリス国は対外的に『神の祝福を受けた国』だ。だから、その立場を利用させてもらうことにした。


 周囲に集まってきた来賓客に、次々に声をかけられる。

 その中に、ふと見覚えのある顔を見つけた。少しくせのある栗色の髪をひとつに纏めた柔和な顔つきの男性だ。


(あ、この人……)


「はじめまして。私はラフィエ国の第二王子のコニー=アントンソンです」


 それは、一番最初の人生でシャルロットを侍女と間違えたラフィエ国の第二王子だった。


「はじめまして。エリス国第一王女のシャルロット=オードランでございます」


 シャルロットはスカートを摘み、優雅に腰を折る。


「驚いたな。エリス国の第一王女がまさかあなたのような素敵な女性だったとは。以前、エリス国には伺ったことがあるのですが、そのときにお会いできなかったことが残念です」


 目元を赤くしたコニー王子がシャルロットを見つめる。『以前、エリス国に伺ったことがある』とは、数カ月前に開催されたばかりの、エリス国で数年に一度開催される例の舞踏会のことだろう。


「お褒めいただき、ありがとうございます。あの節は、ちょうど体調を崩しておりましたの。わたくしも参加できず残念でしたわ」

「そうだったのですね。よろしければ、この後──」


 コニー王子がシャルロットの手を取ろうとしたそのとき、くいっと誰かに肩を抱き寄せられた。


「シャルロット」

「陛下?」


 声をかけてきたのはエディロンだった。


「申し訳ありません。少し外します」


 シャルロットはどこか残念そうな表情のコニー王子に会釈してエディロンと共に会場の端に寄る。


「どうしたのですか?」


 エディロンは、どこか微妙な表情をしていた。


(上手くいったと思ったのだけれど、まずかったかしら?)


 エディロンの表情を見て、シャルロットは不安になる。


「手を見せてみろ」


 エディロンは一歩シャルロットに近づくと、シャルロットの右手を取る。


「陛下?」


 シャルロットは戸惑って、エディロンに問いかける。エディロンはシャルロットの右手のひらを見て、眉を寄せた。


「やはりな。皮が剥けている。痛いだろう?」

「あ……」


 剣を握るのは久しぶりだった。毎日のように握っていると手のひらの皮が分厚くなって大丈夫なのだが、久しぶりに握ったシャルロットの手のひらの皮は、今の短時間の剣技すら耐えきれずに皮が一部、ペロンと剥けていた。

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